日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:RADIOISOTOPES
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を整理した報告か
食品照射とは、ガンマ線や電子線、X線などの放射線を食品に当てて、殺菌や発芽の抑制、害虫の駆除などを行う技術です。この総説は、2026年時点で食品照射が世界各地でどのように使われているかを整理したものです。著者は、2025年に開かれた国際原子力機関(IAEA)の共同研究プロジェクトの最終会合と、食品照射の研究開発・規制・産業利用に関する国際シンポジウム「IFIS2025」で発表された内容をもとに、地域ごとの利用状況や研究開発の流れをまとめ、日本の今後の対応についても考察しています。
著者によれば、食品照射はこれまで主に各国の国内消費向けに、殺菌や発芽防止の目的で使われてきました。近年は国際貿易の活発化に伴い、輸出入される青果物に付いた害虫が他国へ広がるのを防ぐ「植物検疫」を目的とした利用が急速に広がっているといいます。
地域によって異なる利用の広がり
米国では、輸入果実の植物検疫処理として照射の利用が急増していると報告されています。すべての輸入食品に照射が義務付けられているわけではなく、害虫のリスクがある特定の青果物に検疫処理が求められ、くん蒸や低温処理、蒸熱処理などと並んで、放射線照射が選択肢の一つとして認められています。対象はマンゴー、マンゴスチン、ロンガン、ドラゴンフルーツ、ランブータン、ライチなどです。2023年の米国への照射食品の輸出国では、メキシコが突出して多く、ベトナム、インド、ペルーなどが続いていました。
オーストラリアとニュージーランドでも植物検疫照射は増え続けており、処理量は2000年代後半から増加し、近年は年間数万トン規模に達しているとされます。オーストラリアでは、店頭の照射食品のQRコードを読み取ると照射の有無などの情報を表示できる、デジタル表示の規制が整えられました。消費者向けのパンフレットやQ&A形式の資料を配るなど、消費者の理解を進める取り組みも紹介されています。
中国は世界最大の食品照射市場とされ、処理量は2024年に150万トンを超えました。照射食品の多くは国内で消費され、内訳は加工品が中心です。処理には従来型のコバルト60によるガンマ線が多く使われ、2024年時点で商業用のコバルト60照射施設は120基、10MeVの電子線照射施設は175基とされています。ベトナムでは処理量が2000年の数万トンから2025年には12万トンを超え、主に輸出向けの植物検疫に使われています。インドでも2025年に処理量が10万トンを超え、植物検疫処理したマンゴーを米国へ輸出していると報告されています。
中南米では、ペルーが植物検疫処理した生鮮食品を米国に輸出しているほか、アルゼンチンが2023年に照射による植物検疫処理の国際基準を採用しました。ブラジルは2001年から、食品の機能的・官能的な特性を損なわない範囲で目的を達成できる線量であれば、どの食品にも照射を認めています。一方で著者は、メキシコとペルーを除く多くの中南米諸国では規制の体系が十分に整っておらず、国ごとの枠組みにも違いがあるため、国際基準への整合が必要だと指摘しています。
これに対して欧州では処理量がどの国でも減少傾向にあり、現在は1000トン未満と報告されています。香辛料の表面殺菌に使われていた低エネルギー電子線による事業も、2024年に撤退したとされます。
日本では、食品衛生法により食品への放射線照射は原則禁止されており、例外はジャガイモの発芽防止と、異物検査などのX線検査(吸収線量0.10グレイ以下)に限られています。北海道の士幌町で1974年から2022年までジャガイモの発芽防止処理が行われていましたが、その施設は2023年に閉鎖され、それ以降、国内では植物検疫も含めて食品照射は行われていないといいます。
今後伸びる分野として、著者は中国や米国で市場が拡大しているペットフードを挙げています。ここでの照射は主に犬用ジャーキーのサルモネラ菌対策です。また中国では、パンの保存期間を延ばすためにカビの殺菌を目的とした照射に期待が寄せられているとしています。
国際協力と研究開発の焦点の移り変わり
IAEAが関わるアジア・太平洋地域の協力協定では、2026年に「食品の真正性」(表示された品名や原産地、成分が実際と一致していることを科学的に確かめること)と食品照射に関するプロジェクトが始まりました。期間は2030年までで、食品照射の分野では、消費者の受け止め方と、リスクについての情報伝達が大きなテーマとされています。具体的には、消費者の認識調査、「放射線」に対する不安要因の分析、リスクと利点の情報の示し方、照射食品の表示に対する消費者の反応などが取り上げられます。
研究開発の歴史についても整理されています。1960〜1980年代には照射食品の安全性や栄養、毒性の評価が主なテーマで、1980年の国際専門家委員会は、平均線量10キログレイ以下であればどの食品に照射しても毒性学的な害は生じないと結論づけました。その後の再評価でも、適切な線量で処理された照射食品の安全性が再確認されたと紹介されています。2010年以降は、扱いの難しいガンマ線源の代わりに、電源の入り切りができる加速器を使ったX線や低エネルギー電子線による処理方法の確立が課題となりました。2026年からは、放射線の伝わり方をコンピューターで模擬するシミュレーションを使って照射工程を設計するという新しいテーマが始まっています。
著者は、研究の関心が「放射線が食品にどう影響するか」から「いかに均一に放射線を当てるか」へ移ってきていると述べています。そのうえで、日本には放射線の輸送計算や線量評価に関する技術的な知見が多く、この分野での国際的な貢献が期待されるとしています。
この報告が示すこと
著者は、食品照射は温度がほとんど上がらないため加熱できない食品にも使える殺菌手段であり、ガンマ線や高エネルギーX線は複雑な形の食品でも内部まで均一に処理できると整理しています。一方、日本国内では低温処理や冷凍、乾熱殺菌などの他の技術との競争の中で普及しておらず、実用化には技術的な利点と高い費用対効果を示す必要があり、効率を重視した照射方法の確立が最も重要だと述べています。
また、植物検疫での照射を認めたり求めたりする貿易相手国に向けて国内でも処理できる体制を整えることや、輸入青果物への植物検疫照射の受け入れについて議論を進める必要性も指摘されています。世界では植物検疫を中心に利用が広がる一方、地域によって状況が大きく異なる中、日本で食品照射を社会に取り入れていくには、科学的根拠に基づくリスクコミュニケーションと制度の整備が鍵になるというのが、この総説の結びです。
原著論文の著者・所属:Noriaki Kataoka(Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Noriaki Kataoka. International Trend of Food Irradiation in 2026. RADIOISOTOPES 2026-10-15. DOI: 10.3769/radioisotopes.750304. 原著ライセンス:CC BY.