食事の内容を記録したり、栄養素の過不足を評価したりする作業は、実は非常に手間がかかります。従来の食事調査法(24時間思い出し法や食物摂取頻度調査など)は対象者の記憶に頼る部分が大きく、聞き取りには熟練した専門家が必要で、時間もかかるという課題が指摘されてきました。こうした地道な作業に人工知能(AI)を組み合わせる試みが近年広がっており、今回紹介するインドの研究者による総説は、栄養分野におけるAI活用の現状と、そこに残る課題を整理したものです。
食事の記録・評価はどう変わりつつあるか
この総説では、AIが食事摂取量の評価や栄養モニタリングにどう使われているかがまず取り上げられています。具体例として、写真から食品の種類とおおよその量をコンピュータビジョンで推定する「goFOOD™ 2.0」や、スマートフォンの画像から食品を認識し栄養価を推定する「Snap-n-Eat」、食事の前後を撮影して摂取エネルギーを算出する顔認識ベースの手法、音声やフリーテキストを処理して記録する「EZNutriPal」、短い動画からエネルギー摂取量を推定する「Open Fit」などが紹介されています。さらに食品の重さを測るスマートダイニングテーブルや、マイク・圧電センサー・加速度計を使って噛む・飲み込む動作や腕の動きから摂取量を推定する技術にも触れられており、自然言語処理を使って食事日記やチャットボットとの会話、SNS投稿から過食や夜間の間食といった行動パターンを読み取る試みも報告されています。
個別化された食事提案の分野では、遺伝情報と栄養の関係を扱う「栄養ゲノミクス」とAIを組み合わせることで、個人の代謝・生活習慣・遺伝的特徴を踏まえた提案を目指す動きが紹介されています。具体例として、スポーツ選手向けの食事提案を行う「iDietScore」、心不全患者の自己管理を支援するモバイルアプリ「HeartMan」、腸内細菌叢の構成や食後血糖反応、血中脂質プロファイルといった生体データを用いて個々人の代謝反応を予測する「ZOE」が挙げられています。栄養不良(低栄養と過栄養の両方を含む)のスクリーニングでは、電子カルテのデータを機械学習で解析してリスクを予測する「MUST-Plus」モデルや、子どもの栄養不良リスクを識別する畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の活用例が紹介されています。
教育分野では、対話型AIを使って栄養士や管理栄養士を目指す学生がカウンセリングの練習を行う「仮想模擬患者(VSP)」の取り組みが報告されており、ChatGPTを使った対話訓練が学生の自信や振り返り学習を高めたとする研究や、「ATLAS」という教育用シミュレーションシステムが紹介されています。食品開発の分野では、AIが風味分子や官能データの大規模なデータベースを分析し、味・香り・食感といった感覚特性と食品の化学組成を結びつけて、乳児や味覚が低下した人、食事制限のある人向けの食品設計に応用され始めていることが述べられています。疾病予測の分野では、日本人5万5000人分の3年間の健康データを用いて体重変化を予測するモデルや、1万2130人分の食事・人口統計データからCVD(心血管疾患)リスクに関わる栄養変数を予測したモデルが紹介されており、後者は既存の予測ツールと同等かそれ以上の性能だったと報告されています。新生児集中治療室(NICU)向けに静脈栄養(TPN)の処方を最適化する「TPN 2.0」というAIモデルでは、電子カルテのデータをもとに15種類の具体的な処方が導き出され、医師からの評価が既存の方法より高く、壊死性腸炎などの合併症も少なかったとされています。
この研究の位置づけと注意点
この論文は個別の実験結果を報告するものではなく、既存の研究や実装例を集めて整理した総説です。著者自身も、AIの栄養分野への応用はまだ発展途上の段階にあり、特に食事評価に比重が置かれ、栄養不良の予測や生活習慣への介入、食事関連疾患の理解については研究が相対的に少ないと述べています。栄養関連のAI研究の多くは高所得国・高中所得国発であり、低・中所得国からの研究は非常に少ないという偏りも指摘されています。
信頼性に関する限界も具体的に挙げられています。食品の栄養価を推定する「goFOOD™」システムを検証した研究では、画像に基づく推定値と管理栄養士の評価との一致度は中程度にとどまり、食品の種類や照明条件によって精度が左右されたとされています。また、AIが皿の上の複数の食品のうち一つしか認識できなかった事例や、食物アレルギーのある利用者向けにChatGPTが提示した56件の食事プランのうち4件にアレルゲンが含まれていた、ビタミンD不足に対するサプリメント提案がなかった、分量の計算を誤った、といった問題も報告されています。ChatGPT・Bing Chat・Google Bardなど複数のチャットボットの栄養指導を比較した研究では、回答の精度や再現性にばらつきがあり、臨床での信頼性には限界があるとされています。さらに、AIの学習データに人種や性別、地域による偏り(バイアス)が含まれると、特定の集団に不利な提案につながりうること、Googleが患者の同意なく約160万件の個人記録をAI開発に利用していた事例のように、データプライバシーの管理が大きな課題であることも述べられています。
まとめ
この総説は、栄養分野におけるAI活用が食事評価・個別化提案・栄養不良スクリーニング・疾病予測・教育・食品開発など幅広い場面に及びつつある一方で、データの偏り、プライバシー保護、そして異なるプラットフォーム間での結果の再現性という課題がなお残っていることを整理したものです。著者は、これらの課題に対応しながらAIを安全に活用していくためには、AIの専門家と栄養士・管理栄養士との学際的な連携が重要だと結論づけています。一つの総説として現状を俯瞰したものであり、個々の技術の効果や安全性を確定づけるものではない点には留意が必要です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Dr. Sangeeta Kulshrestha. Role Of Artificial Intelligence In Nutrition: Current Applications And Challenges. アドレセンシア・エ・サウーデ (2026). DOI: 10.67440/ahj.v21i6s.1781. 原著ライセンス: cc-by.