著者の所属・活動拠点の国は、韓国です。

掲載誌:npj Science of Food

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

レシピからは見えない抽出の中身

ハンドドリップのレシピには、豆の量、お湯の量、挽き目、注ぎ方、落ちきるまでの時間などが書かれています。しかし、コーヒー粉の層の中でお湯がどう流れ、どれだけ粉に残り、成分がどのように溶け出して液に運ばれるかは、淹れている最中に直接見ることができません。

粉の層の中の流れや溶け出しを細かく計算するモデルはこれまでにも研究されてきました。ただし、そうしたモデルには層の詳しい形状や流れやすさなどの情報が必要で、普段のレシピには書かれていません。著者らは、この「必要な情報」と「レシピにある情報」のずれを埋めることを目指しました。限られたレシピ情報から、お湯と溶けた成分が抽出中にどう配分されていくかを再構成する、簡略化した計算モデルを開発しています。

水と溶けた成分の収支を追うモデル

このモデルの基本は保存則、つまり水と溶けた成分が計算の途中で増えたり消えたりしないという約束事です。注いだお湯は、粉の上にたまる水、粉の隙間を動く水、粉に保持されて残る水、カップに落ちる水のいずれかに振り分けられます。成分も、粉の中に残る分、層の中の液に溶けている分、カップに届いた分に分けて記録されます。

お湯が落ちきるまでの時間、カップの液量、TDS(総溶解固形分:液の中に溶けている成分の割合で、濃さの指標)は、同じ一連の計算から求めます。抽出収率(使った粉のうち何%が液に溶け出したか)は、液量・TDS・粉の量から計算します。

粉の層の複雑な性質は、三つのまとめた値で表しました。粉がどれだけ水を抱え込むかを示す「保水量」、層のお湯の通りやすさを示す「有効な流路の太さ」、成分の溶け出しやすさを示す「有効な溶出の強さ」です。いずれも直接測った物性値ではなく、複数の要因をまとめて表すための値と位置づけられています。

実験との照合と主な結果

研究チームは、粗挽き・中粗挽き・中挽き・中細挽き・細挽きの5種類の粒の大きさの分布で実験しました。どの条件も、同じドリッパーで粉20gにお湯300gを同じ手順で注ぎ、それぞれ3回ずつ淹れています。粗挽き・中挽き・細挽きの結果でモデルの値を決め、その値を固定したまま、調整に使わなかった中粗挽きと中細挽きの結果を予測しました。

2条件の平均で比べると、落ちきるまでの時間の誤差は平均6.7秒、液量は0.58g、TDSは0.020ポイントでした。予測した6つの値はすべて、実験のばらつき(標準偏差1つ分)の範囲に収まりました。実験では、細かく挽くほど落ちきるまでの時間が長く、液量は少なく、TDSと抽出収率は高くなる傾向が見られました。モデルではこの傾向が、粉に残る水が増え、液に届く成分が増えるという内部の配分の変化として表されています。

三つの値を一つずつ20%変える計算もしました。流路の太さを大きくすると落ちきる時間が約25%短くなり、TDSは約10%下がりました。保水量はおもに、お湯が粉に残るかカップに落ちるかの配分を左右しました。溶出の強さは、流れ方をほとんど変えずに液の濃さを変えました。ただし、流路の太さと溶出の強さは相関係数がマイナス0.999と強く打ち消し合っていました。このため、今回の測定データからは両者を別々に確定できないことも報告されています。

公開レシピへの応用と、この研究が示すこと

著者らは、このモデルを公開されている53件のドリップレシピにも適用しました。粉の量の中央値は20g、お湯は300g、落ちきるまでの時間は190秒でした。同じ粉20gとお湯300gのレシピでも、報告された時間は180〜240秒とばらつきがありました。

レシピに記載された時間と計算上の時間の差は、平均42秒ほどでした。53件中42件で計算値のほうが長く、モデルが時間を長めに見積もる傾向が見られました。公開レシピでは液の濃さや粉の中の状態が測られていません。そのため、それらの計算結果は前提条件つきの推定値として扱われています。

論文は、粉に残る水や成分の配分といった内部の状態そのものは直接確かめていないと明記しています。また、ほかの豆や器具、注ぎ方にそのまま当てはまるとも主張していません。そのうえでこの研究は、試した条件の範囲内であれば、日常的なレシピの情報から液の結果を見積もれることを示しました。あわせて、レシピの情報を、粉の層の中で起きている流れと溶け出しの過程に結びつけて考える手がかりを示しています。

原著論文の著者・所属:Hyun Seok Lee(Department of Chemistry, Pukyong National University, Busan, Korea)、Byoung-Yong Chang(Department of Chemistry, Pukyong National University, Busan, Korea)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hyun Seok Lee, Byoung-Yong Chang. Coffee brewing trajectories from recipe-level records: a conservation-constrained framework for filter coffee. npj Science of Food 2026-08-15. DOI: 10.1038/s41538-026-01074-1. 原著ライセンス:CC BY.