この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Journal of Microbiology and Biotechnology

ライセンス: CC BY 確認元: OpenAlex

なぜ腸内細菌に注目するのか

肥満、2型糖尿病、高血圧、脂肪肝、心不全などは、それぞれ別の病気として扱われがちですが、互いに深く関わり合っています。著者らはこれらをまとめて「心血管代謝疾患」と呼び、都市化や生活習慣の変化、高齢化を背景に世界的な健康課題になっていると述べています。論文によれば、非感染性疾患による死亡のほぼ半数がこの領域の病気によるもので、2019年に失われた障害調整生存年(病気や障害で損なわれた健康な生活の年数を表す指標)のおよそ4分の1も同じ原因だとされています。

この総説の目的は、腸内細菌をととのえることで心血管代謝疾患に働きかけるという考え方について、これまでに報告されてきた研究を整理することです。著者らは、腸内細菌のバランスが崩れると腸の壁の働きが弱まり、細菌由来の成分が血液側へ漏れ出して慢性的な弱い炎症を引き起こし、動脈硬化や血管の変化につながる経路が報告されていると説明しています。そこで、腸内環境を狙って整えることが治療の糸口になりうる、という見立てです。

何を取り上げ、どう整理したか

プロバイオティクスとは、十分な量を摂ったときに体に良い働きをもたらす生きた微生物のことです。論文は国際的な学術団体によるこの定義を紹介したうえで、効果の大きさは菌の種類(菌株)、量、そして生きているかどうかに左右されると注意を促しています。近年はこれに加えて「ポストバイオティクス」という考え方も登場しました。こちらは生きた菌ではなく、菌がつくり出した成分や菌体の断片など、生きていない有効成分を指します。

著者らは、研究の蓄積が多く、系統も代謝の働きも異なる6つの菌の属・種を選んで取り上げました。アッカーマンシア・ムシニフィラ、ビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)、ラクトバチルス(乳酸菌の一群)、バチルス、エンテロコッカス、ラクトコッカス・ラクティスです。選定の理由として、動物実験と臨床研究の両方で心血管代謝疾患に関わる報告があること、腸の粘液の分解や短鎖脂肪酸の産生、胆汁酸の代謝、免疫への働きかけといった異なる仕組みを網羅できること、そして一部についてはポストバイオティクスの研究もあり、生きた菌と加熱処理したものを比べて論じられることを挙げています。

報告されている主な結果

仕組みの面では、著者らは三つの筋道を整理しています。第一に、プロバイオティクスは栄養の取り合いや抗菌物質の産生を通じて有害な菌の増殖を抑え、腸内の勢力図を整えると報告されています。また、短鎖脂肪酸(食物繊維が腸内で発酵してできる物質)の産生に影響して脂質の代謝に関わり、胆汁酸の組成を変えることで肝臓のコレステロール代謝にも作用するとされます。心血管疾患のリスク因子として知られるTMAO(トリメチルアミンN-オキシド)については、その材料をつくる腸内細菌の働きを抑えることで生成を減らす報告が紹介されています。第二に、腸の壁の機能を高め、炎症を起こす物質の放出を抑える作用です。第三に、免疫細胞の働きを調整して過剰な炎症反応を和らげる作用が挙げられています。

病気ごとの報告も整理されています。肥満では、高脂肪食を与えたマウスにビフィズス菌の一菌株を8週間与えた研究で、体重や脂肪量、血中の脂質の異常が減ったと報告されています。アッカーマンシア・ムシニフィラについては、肥満の人では量が少ない傾向が複数の研究で一貫して示されているとされ、さらに興味深い報告として、加熱殺菌した菌のほうが代謝への働きが強まったという結果が紹介されています。過体重・肥満の参加者を対象にした無作為化二重盲検プラセボ対照試験では、生きた菌と加熱殺菌した菌のいずれも3か月の摂取で安全に受け入れられ、加熱殺菌したものでは血中総コレステロール、体重、脂肪量、ヒップ周囲長の低下とインスリン感受性の改善が報告されました。2型糖尿病では、この菌が腸の受容体を介してGLP-1(インスリンの分泌をうながすホルモン)の放出を促す経路などが報告されており、もともと腸内にこの菌が少ない人のほうが改善がはっきりする傾向も紹介されています。

動脈硬化や高血圧については、乳酸菌の一部の菌株がTMAOを下げたとする動物実験と、心血管リスクが非常に高い患者で血中TMAOが下がったとする臨床研究が挙げられています。バチルス属では、枯草菌が分泌する多糖が糖尿病モデルラットの血糖や脂質の異常を改善したという報告や、健康な成人で血中脂質と血管内皮の機能が改善しうるという臨床研究が紹介されています。

同時に、著者らは証拠の限界も率直に書き添えています。臨床研究の多くは参加者が少なく(多くは100人未満、心血管領域では60人未満)、期間も12週間以内と短いため、心筋梗塞のような実際の心血管イベントへの影響を見極める力が足りません。菌株や投与量、食事の背景が研究ごとにばらつくため比較も難しく、同じ研究の中で複数の菌株を直接比べたり、生きた菌とポストバイオティクスを並べて比べた研究はほとんどないとされています。TMAOや菌の量に基づいて治療を選び分けるための数値基準も、現時点では妥当性が確認されていないと明記されています。

この整理から見えてくること

この総説が示しているのは、腸内細菌を介した働きかけが、肥満・脂肪肝・糖尿病・動脈硬化といった別々に見える問題に共通する土台——慢性的な弱い炎症や腸の壁の緩み——に触れているという見方です。著者らは、臓器ごとの対処から「腸・心臓・肝臓」をつなぐ軸全体への働きかけへと視点を移すことを提案しています。

あわせて浮かび上がるのは、どの菌でも同じではない、誰にでも同じ効果が出るわけではないという点です。効果は菌株ごとに異なり、腸内細菌の構成は個人差が大きく、ポストバイオティクスのように生きていない形のほうが有利な場合もある。この研究が伝えているのは、腸内細菌に関する知見が、経験に頼らず証拠に基づいて菌を選ぶという段階へ進もうとしている、その途上の姿だといえます。

著者:Fan Yang(Hospital of Chengdu University of Traditional Chinese Medicine, Chengdu, P. R. China)、Wanting Qin(Hospital of Chengdu University of Traditional Chinese Medicine, Chengdu, P. R. China)、Guoxia Zhang(Dongzhimen Hospital Affiliated to Beijing University of Chinese Medicine, Beijing 100700, P. R. China)、Xinye Li(Institute of Acupuncture and Moxibustion, China Academy of Chinese Medical Sciences, Beijing 100700, P. R. China)、Xinyu Yang(Dongfang Hospital Affiliated to Beijing University of Chinese Medicine, Beijing 100700, P. R. China)、Li Zhou(Dongzhimen Hospital Affiliated to Beijing University of Chinese Medicine, Beijing 100700, P. R. China)、Yanwei Xing(Guang’anmen Hospital, Chinese Academy of Chinese Medical Sciences, Beijing 100053, P. R. China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fan Yang, Wanting Qin, Guoxia Zhang, et al. Probiotics in Cardiometabolic Diseases: Current Evidence, Postbiotic Perspectives, and Future Directions. Journal of Microbiology and Biotechnology 2026-09-02. DOI: 10.4014/jmb.2605.05001. 原著ライセンス:CC BY.