日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。
日本側共著者:Gomi Katsuya(Laboratory of Fermentation Microbiology, Graduate School of Agricultural Science, Tohoku University, Sendai 980-8572, Japan)
紫色のサツマイモを原料にした果実酒「紫サツマイモ酒」は、鮮やかな色合いとアントシアニンなどの栄養成分を含むことで知られています。ただし、サツマイモはペクチンやアミノ酸を多く含むため、発酵の過程でメタノールや高級アルコールと呼ばれる物質が生じやすく、これらは酒類における主要な健康リスク要因とされています。メタノールは微量でも頭痛や吐き気を招くことがあり、重度の場合は視覚障害につながるとされ、各国で含有量の基準が設けられています。今回紹介する研究は、この紫サツマイモ酒づくりに酢酸・乳酸・クエン酸という3種類の有機酸を加えることで、メタノールや高級アルコールの生成をどこまで抑えられるか、またその際に酵母の遺伝子発現がどう変化するのかを調べたものです。
研究チームには四川大学(中国)の研究者に加え、東北大学大学院農学研究科(日本)に所属する研究者も名を連ねています。
どのように調べたのか
実験では、蒸した紫サツマイモをペースト状にし、酵素処理と搾汁を経て得た果汁に、酢酸・乳酸・クエン酸をそれぞれ濃度0.1〜0.25%の範囲で添加し、酵母(Saccharomyces cerevisiae SY株)を加えて25℃で8日間発酵させました。添加なしの対照群(CK)と比較しながら、酸度やpH、アントシアニン量、香り成分、メタノールと高級アルコールの含有量をガスクロマトグラフィーなどで測定しています。さらに、メタノールや高級アルコールの生成に関わる仕組みを探るため、発酵4日目のCK群・酢酸0.2%群(AA-3)・乳酸0.2%群(LA-3)についてトランスクリプトーム解析(遺伝子の発現量を網羅的に調べる手法)と酵素活性の測定、qRT-PCRによる検証を行いました。また6名の訓練された評価者による官能評価(香りや味の評価)も実施されています。
研究でわかったこと
3種類の有機酸を加えたところ、いずれもエステル類や酸類といった香り成分の種類と量が増え、味や風味が向上したと報告されています。例えば酢酸0.2%を加えた群では、酢酸エチルの含有量が対照群の2401.6μg/Lから44,774.91μg/Lまで増加し、クエン酸0.15%群では酢酸イソアミルが1532.5μg/Lから9242.8μg/Lへ増加したことが確認されました。官能評価では乳酸0.15%群(LA-2)が最も高い評価を得て、次いで酢酸0.2%群(AA-3)が高評価だったとされています。
一方、メタノールと高級アルコールについては、3種類の有機酸すべてで含有量の低減効果が見られ、特に酢酸の効果が最も大きかったとされています。対照群のメタノール含有量は547.2mg/Lで、中国の国家基準(400mg/L)を超えていましたが、酢酸0.2%(AA-3)を加えることでメタノールは17.72%、高級アルコールは31.34%減少したと報告されています。濃度を0.25%までさらに高めると減少幅はやや大きくなったものの、酸度が高くなりすぎて酒の品質に悪影響を及ぼす可能性があるとされ、0.2%が望ましい濃度として示されています。個別の高級アルコールでは、有機酸の添加によりn-プロパノールが最大70.1%、イソアミルアルコールが最大44.1%減少した一方、イソブタノールやβ-フェネチルアルコールには明確な減少は見られなかったとのことです。
この変化の背景として、トランスクリプトーム解析からは次のような仕組みが示唆されています。酢酸や乳酸を添加した群では、エステル合成に関わるアルコールアセチルトランスフェラーゼ(ATF1遺伝子)やアルコールアシルトランスフェラーゼ(EHT1遺伝子)の転写量が77.88〜96.03%増加していました。逆に、アルコール合成に関わるピルビン酸脱炭酸酵素(PDC1、PDC6遺伝子)やアルデヒド還元酵素(ADH2遺伝子)の転写量は26.88〜65.74%減少していたと報告されています。さらに、メタノール生成に関わるペクチンエステラーゼの酵素活性も12.47〜23.08%低下していました。研究チームは、この活性低下は培地のpHが3.36〜4.16まで下がったことがペクチンエステラーゼ(至適pHは約4.5とされる)の働きを直接抑えたためではないかと考察しています。なお、この酵母株自体はペクチンエステラーゼ遺伝子を持たず、原料の紫サツマイモに由来する酵素が発酵液中で働いていたとみられるとのことです。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
著者らは、クエン酸を高濃度(0.2%、0.25%)で加えた群は酸度が高くなりすぎたため、香り成分の分析やトランスクリプトーム解析の対象から外さざるを得なかったと述べています。そのため、クエン酸がどのような仕組みでメタノールや高級アルコールを減らすのかについては、この研究だけでは十分に解明されていないとされています。また、官能評価は6名の評価者による小規模なものであり、著者ら自身も、より大規模で多様な評価者による今後の検証が必要だと指摘しています。この研究は紫サツマイモ酒という特定の条件下での結果であり、他の果実酒や異なる酵母株にそのまま当てはまるとは限りません。一つの研究であり、結論が確定したわけではないことに留意する必要があります。
まとめ
この研究では、酢酸・乳酸・クエン酸を紫サツマイモ酒の発酵に加えることで、香り成分が増え、メタノールや高級アルコールの含有量が抑えられる可能性が示されました。特に酢酸0.2%の添加が、風味とメタノール・高級アルコール低減のバランスの良い条件として報告されています。著者らは、こうした知見がサツマイモ酒をはじめとする発酵酒類の品質改善に役立つ可能性があるとしています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Xiaolong Yuan, Nan Chen, Zhengyun Wu, et al. Effects of organic acids on purple potato wine brewing: methanol, higher alcohols and flavor. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104211. 原著ライセンス: cc-by.