この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Molecules (Basel, Switzerland)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の背景と目的

食用でもあり薬用でもあるキノコ、ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)は、中国の伝統医学で胃の不調に対して千年以上にわたり用いられてきたと論文は述べています。この菌は多様な成分をつくり、なかでもイソインドリノン系アルカロイドと呼ばれる一群は、特徴的な芳香族の骨格をもつ化合物として注目されてきました。

著者らが関心を寄せたのは、糖尿病との関わりです。論文は国際糖尿病連合の推計として、世界の患者数が2021年に5億3600万人に達し、2045年には7億8300万人に増えると見込まれること、そして症例のおよそ半数が未診断のままであることを紹介しています。治療に使われるα-グルコシダーゼ阻害薬のアカルボースは食後の高血糖を抑えますが、消化器系の副作用を伴うことが多いと指摘されています。α-グルコシダーゼとは、食べた糖質を腸で吸収できる形に分解する酵素で、その働きを妨げれば糖の吸収がゆるやかになるという考え方です。

そこで研究チームは、天然物から新たな阻害物質の候補を探すことを目指しました。これまでの関連研究は既知の化合物に偏り、構造と活性の関係もはっきりしていないため、新しい構造タイプを探索する必要があると著者らは考えています。

何を調べ、どう調べたか

研究チームは、中国雲南省で採取され同定されたヤマブシタケの菌株を、寒天培地で培養したのち液体培地に移し、25℃で30日間振とう培養しました。得られた100Lの培養液と菌体から成分を溶媒で抽出し、シリカゲルによる分離や高速液体クロマトグラフィーなど複数の分離操作を重ねて、個々の化合物を取り出しています。

これらの化合物は、先行報告と同じ発酵バッチに由来しますが、既知の類縁体と分離しにくかったことや立体構造の決定が難しかったことから、当時は取り出されていなかったと論文は説明しています。今回は分離条件を改良したうえで、質量分析や核磁気共鳴(NMR)といった機器分析を組み合わせ、構造を決定しました。

分子の立体的な向き(絶対配置)を決めるため、著者らはo-フタルアルデヒドと、L体・D体それぞれのアラニン、グルタミン酸、セリン、ロイシン、グルタミンといった純粋なアミノ酸を反応させ、比較用の化合物を合成しています。天然から得た化合物と合成品の旋光度を比べることで配置を判定しました。さらに、単離した各化合物について、酵母由来のα-グルコシダーゼを用いた試験管内の阻害試験を、1.25〜50 µMの濃度で3回ずつ実施し、アカルボースを陽性対照としています。

報告された主な結果

著者らは、これまで記載されていなかった13種のイソインドリノン系アルカロイドを単離し、エリナセノンM〜Y(化合物1〜13)と命名したと報告しています。いずれも黄色の油状物質として得られ、共通の骨格をもちながら、窒素原子に結合した部分の構造や、二重結合の位置、メチル基やカルボン酸などの有無が互いに異なります。たとえば化合物9と10は同じ分子式をもつ二重結合の位置異性体である、といった関係が示されています。

旋光度の比較からは、化合物1〜12が特定の位置でR配置をとり、化合物13のみがS配置をとると判定されました。

α-グルコシダーゼ阻害試験では、50 µMにおける阻害率が表としてまとめられています。そのなかで著者らは、化合物11(エリナセノンW)を穏やかな阻害活性を示すものと位置づけ、さらなる構造最適化とより包括的な生物活性評価に値すると述べています。

同時に論文は、今回の検討が酵素レベルの試験にとどまり、作用のしくみや結合の様式は明らかでないこと、微量成分については得られた量が少なく踏み込んだ評価ができなかったことを、限界として明記しています。

この報告が示すもの

この研究は、身近な食用キノコの液体培養から、これまで知られていなかった13種の化合物を新たに取り出し、その構造を精密に決めたという化学的な成果です。長く食べられ、用いられてきた生物であっても、含まれる成分がまだ出尽くしていないことを具体的に示しています。

同じ発酵バッチから改めて13種が見いだされた経緯は、分離手法の工夫しだいで既存の試料からも新しい知見が得られることを物語っています。著者らは本研究を、ヤマブシタケ由来の機能性製品の開発に向けた化学的・薬理学的な手がかりを加えるものと位置づけています。

著者:Yuan LL(College of Food Science and Engineering, Tarim University, Alar 843300, China.)、Liu JK(Anhui Province Key Laboratory of Bioactive Natural Products, School of Pharmacy, Anhui University of Chinese Medicine, Hefei 230012, China.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuan LL, Liu JK. Erinacenones M-Y, Part 2: Thirteen New Isoindolinone Alkaloids with α-Glucosidase Inhibitory Activity from Liquid Cultures of the Edible and Medicinal Mushroom <i>Hericium erinaceus</i>. Molecules (Basel, Switzerland) 2026-09-20. DOI: 10.3390/molecules31183333. 原著ライセンス:CC BY.