著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。

掲載誌:IMA Fungus

ライセンス: CC0 対象: 公開論文 確認元: Crossref

研究の目的:麹菌はどこから来て、何が変わったのか

麹菌(アスペルギルス・オリゼ)は、米を発酵させた「麹」づくりに使われてきたカビです。このカビを固形物の上で育てる技術は2,000〜3,000年前にさかのぼるとされ、麹の商業的な販売は13〜15世紀に確認されています。麹菌は、強い発がん性物質アフラトキシンをつくることで知られるカビ、アスペルギルス・フラバスから、人が望ましい性質を選び続けることで家畜化されたと考えられています。ただし、どの系統から家畜化されたのか、その過程で何が変化したのかは、まだ十分に分かっていません。

アスペルギルス・フラバスは、遺伝的に互いに隔てられた複数の「集団」に分かれています。先行研究では、主に集団A、B、Cが知られ、最近は医療機関で分離された株の多い集団Dも報告されています。一方、これまでの遺伝子発現の研究は、ほとんどが一つの基準株だけを対象にしていました。

そこで研究チームは、フラバスの複数の集団と麹菌を並べて比較しました。主な問いは、遺伝子の働き方(発現)が集団ごとに異なるか、胞子の密度という環境条件への反応が集団で違うか、その違いが単なる系統の近さだけで説明できるかです。あわせて、少数の株を使い、病気を起こす能力も調べました。

何を調べたか

研究チームは、フラバスの集団A、B、Cからそれぞれ5〜7株、麹菌を6株選びました。各集団には、アフラトキシンをつくる株とつくらない株をできるだけ均等に含めました。一部の株は新たにゲノムを読み取り、公開されているゲノムデータとも組み合わせて、株どうしの類縁関係を推定しました。

次に、それぞれの株を、胞子の濃度が低い条件と高い条件(1ミリリットルあたり100個と100万個)で培養し、どの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に測りました。胞子の密度は、カビがつくる二次代謝産物(生育に必須ではない化合物で、毒素も含まれます)の生産に影響することが知られています。

さらに、一緒に強弱が変わる遺伝子のまとまり(共発現モジュール)を見つけ出し、集団ごとの違いを比べました。病原性については、ゼブラフィッシュの幼生に胞子を注入し、7日間の生存を観察しました。

主な結果

系統解析では、どの方法でも、麹菌は北方に多くアフラトキシンをつくらない株が多い集団Cと、最も近い共通祖先を持つことが強く支持されました。さらに、集団Dのデータを加えると、麹菌の株は集団Dの中に散らばって位置しました。研究チームは、これを家畜化が複数回起きた可能性や、系統間の遺伝的な交わりを示すものと考えています。また、遺伝的にほぼ同一とみなせる株(クローン)の割合は、麹菌で75.2%と、フラバスの各集団(約27〜44%)より高いことも報告されています。

遺伝子発現は、集団によってはっきり異なっていました。集団間で発現に差がある遺伝子は4,568個にのぼり、胞子密度による差は229個と比較的小さい結果でした。また、73個の遺伝子では、胞子密度への反応のしかたが集団ごとに異なっていました。一方、アフラトキシンをつくる能力の有無は、発現の全体像に有意な影響を与えていませんでした。差のあった遺伝子の7割以上は、全株が共通して持つ遺伝子でした。

遺伝子のまとまりで見ると、一部は系統の近さから予想されるよりも大きく異なっていました。たとえば、ヌクレオシドや糖の代謝、アミノ酸の輸送に関わる遺伝子が多いモジュールは、麹菌と集団Bで発現が低く、産業用と環境由来の麹菌株がよく似たパターンを示しました。二次代謝産物をつくる遺伝子群の中心となる遺伝子に注目すると、麹菌の発現パターンはフラバスの集団から離れた位置へずれていました。

ゼブラフィッシュの実験では、試したすべての株が幼生を死亡させ、麹菌もこの実験条件では病原性を持つことが示されました。ただし死亡率は、医療機関で分離された集団Aの株で最も高く、集団Dの株や麹菌では比較的低くなりました。研究チームは、株の数が少ないため集団や種としての結論は出せず、予備的な評価だと位置づけています。

この研究が示すこと

この研究は、麹菌が北方系の集団Cや集団Dと近い関係にあることを示しました。さらに、フラバスの集団の違いが、遺伝子の有無だけでなく、共通する遺伝子の働き方の違いとしても表れていることを明らかにしました。麹菌の家畜化を、毒素の喪失という一点だけでなく、集団ごとに分かれてきた遺伝子発現の流れの中で捉えられる可能性を示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Milton T. Drott(U.S. Department of Agriculture-Agricultural Research Service, Cereal Disease Laboratory, St. Paul, United States of America)、Yen‐Wen Wang(Department of Biostatistics, Yale School of Public Health, New Haven, United States of America)、E. Anne Hatmaker(Department of Plant Pathology, University of Georgia, Athens, United States of America)、Nayanna M. Mercado-Soto(Department of Medical Microbiology and Immunology, University of Wisconsin-Madison, Madison, United States of America)、J. Mitch Elmore(U.S. Department of Agriculture-Agricultural Research Service, Cereal Disease Laboratory, St. Paul, United States of America)、Dianiris Luciano-Rosaro(U.S. Department of Agriculture-Agricultural Research Service, Food Quality Laboratory, Beltsville, United States of America)、Jae‐Hyuk Yu(Department of Bacteriology, University of Wisconsin, Madison, United States of America)、Antonis Rokas(Department of Biological Sciences, Vanderbilt University, Nashville, United States of America)、John G. Gibbons(Department of Food Science, College of Natural Sciences, University of Massachusetts Amherst, Amherst, United States of America)、Anna Huttenlocher(Department of Medical Microbiology and Immunology, University of Wisconsin-Madison, Madison, United States of America)、Kunlong Yang(Department of Medical Microbiology and Immunology, University of Wisconsin-Madison, Madison, United States of America)、Nancy P. Keller(Department of Medical Microbiology and Immunology, University of Wisconsin-Madison, Madison, United States of America)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Milton T. Drott, Yen‐Wen Wang, E. Anne Hatmaker, et al. Population-specific transcriptomic shifts underlie secondary metabolic diversification in Aspergillus flavus Link and the domestication of Aspergillus oryzae (Ahlb.). IMA Fungus 2026-10-07. DOI: 10.3897/imafungus.17.195218. 原著ライセンス:CC0.