この研究は、アメリカの研究機関の研究論文です。
掲載誌:npj Ocean Sustainability
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ海藻養殖の「種の少なさ」が問題なのか
海藻の養殖は、食品や飼料、食品添加物の原料などさまざまな用途に広がっており、海面養殖の生産量の半分以上(湿重量ベース)を占めるまでに成長しています。魚類養殖と違って餌を外から与える必要がほとんどないため、比較的環境負荷の小さい生産方法だと論文は説明しています。
一方で著者らは、この産業が「種の多様性」と「生産地の偏り」という弱点を抱えていると指摘します。世界の生産量の9割以上がアジアに集中し、中国だけで8割を超えます。種についても、ごく少数の種が生産の大半を占めている状況です。論文は、多様性の低さが気象災害や地政学的な出来事といったショックに対する脆弱さにつながりうると述べ、生産の多様化が必要だと論じています。
そこで研究チームは、海には膨大な数の海藻種が存在するのに養殖に使われる種が限られているのは、適した種がないからではなく、大規模生産の歴史がまだ浅いためではないかと考えました。陸上の作物や家畜の栽培・飼育が数千年から1万年前にさかのぼるのに対し、海藻の大規模生産は最も古い証拠でも300年ほど前だといいます。この問いから、新しい候補種を選ぶための枠組みづくりが始まりました。
「形質」をものさしにして種を比べる
研究チームが用いたのは、形質(トレイト)にもとづく考え方です。形質とは、生物のかたちや生活のしかたに関する特徴のことで、ここでは葉状体(海藻の体)の厚さ、枝分かれの有無、茎のような構造や気胞(浮き袋)があるか、付着のしかた、石灰化しているか、生活環の型、成長する場所といった18の項目が使われました。これらは光や栄養をどう取り込むか、波や乾燥にどれだけ耐えるか、どう繁殖するかといった働きと結びついています。
まず、国連食糧農業機関(FAO)の生産統計をもとに、1950年から2021年の間に商業的に養殖された実績のある海藻26種を特定しました。内訳は褐藻8種、緑藻5種、紅藻13種です。次に、これら26種の形質を文献から集め、すでに公表されている世界の海藻の形質データベースに加えました。合計126種の形質データを多変量解析で「形質空間」として可視化し、養殖種と非養殖種の分布を比べています。さらに養殖種だけを取り出して、形質の似かたでグループ分けを行い、商業的な用途と価格の情報も突き合わせました。
報告された主な結果
最も重要な発見は、養殖されている種と養殖されていない種とで、形質の分布に統計的に有意な差が認められなかったことです(PERMANOVA、p = 0.0518)。つまり、現在養殖されている種が形質の面で特別な集団を成しているわけではない、と論文は報告しています。著者らはこれを、新しい種へ生産を広げる生物学的な余地が大きいことの裏づけだと位置づけています。ただし細部を見ると、組織の複雑さや葉状体のかたち、生活環などにゆるやかな違いがあり、養殖種には石灰化した種が1つも含まれていませんでした。
養殖種は形質の似かたによって5つのグループに分かれ、それぞれが統計的に区別できるものでした。著者らはこれらを、大型で葉状の褐藻、葉状の紅藻、葉状でない紅藻と褐藻、葉状でない緑藻、枝分かれのない単一葉体の5類型として記述しています。各グループには共通する診断的な形質の組み合わせがあり、たとえば大型の葉状褐藻グループは12の形質を共有し、平均最大体長は664センチメートルでした。
そして各グループの形質空間の中には、まだ養殖されていない種がいくつも位置していました。論文は、診断的な形質をすべて共有する非養殖種を候補としてグループごとに挙げています。ただし著者らは、形質が一致することは有望さを示す出発点にすぎず、商業的に成り立つかどうかを確かめるには成長速度やストレス耐性の直接的な検証が欠かせないと繰り返し述べています。
用途との関係では、食用に使われる種が形質空間の広い範囲に散らばっていたのに対し、増粘剤やゲル化剤の原料となるハイドロコロイド(カラギーナン、寒天、アルギン酸)を採る種は狭い範囲にまとまっていました。著者らは、この違いを、ハイドロコロイドの生産能力が系統的に強く保存されている(たとえばカラギーナンをつくるのは紅藻だけ)ためだと説明しています。一方で食用の「おいしさ」は文化的・主観的で、今回用いた形質とは結びつきにくいとも述べています。
この研究が示すこと
この研究は、海藻養殖が現在使っている種の幅が、海に存在する多様性のごく一部にとどまっていることを、形質という共通のものさしで示しました。養殖種と非養殖種のあいだに形質上の明確な壁がないという結果は、候補になりうる種がまだ多く残されている可能性を意味します。
同時に著者らは、この枠組みが候補を絞り込む出発点であって、生物学以外の要素——生産技術や経済性——の検討、そして実際の栽培試験による確認が必要だと強調しています。誰でも使える形質データセットを公開したことも含め、種を選ぶ作業に見通しを与える道具立てを提示した研究だと言えます。
著者:Caitlin R. Fong(National Center for Ecological Analysis and Synthesis, University of California Santa Barbara, Santa Barbara, CA, USA)、Peggy Fong(Department of Ecology and Evolutionary Biology, University of California Los Angeles, Los Angeles, CA, USA)、Halley E. Froehlich(Department of Ecology, Evolution, and Marine Biology, University of California Santa Barbara, Santa Barbara, CA, USA)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Caitlin R. Fong, Peggy Fong, Halley E. Froehlich. Using a trait-based framework to characterize farmed seaweeds and guide selection of new candidates. npj Ocean Sustainability 2026-09-11. DOI: 10.1038/s44183-026-00239-5. 原著ライセンス:CC BY.