日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Food Chemistry

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

SIRT1(サーチュイン1)は、体内でつくられる酵素です。NAD⁺という補酵素を使い、タンパク質に付いた「アセチル基」という小さな目印を外す反応(脱アセチル化)を担います。老化に関わる多くの代謝の仕組みを調節するとされ、低分子化合物によるSIRT1の活性化は、老化に関連する健康上の利点と結びつけて研究されてきました。

SIRT1が働きかける相手には、細胞の老化やゲノムの安定性に関わるp53と、ミトコンドリアの形成やエネルギー代謝、脂質の調節に関わるPGC-1αがあります。研究チームは以前の探索研究で、柑橘類の皮に含まれる「ポリメトキシフラボノイド(PMF)」がSIRT1を活性化する候補になることを見いだしていました。PMFはポリフェノールの一種で、多くのメトキシ基を持つことが特徴です。ただし、PMFがどのような仕組みでSIRT1を活性化するのかは、よく分かっていませんでした。

そこで著者らは、柑橘の皮に多く含まれる代表的なPMFである3,5,6,7,8,3′,4′-ヘプタメトキシフラボン(HMF)とノビレチンを取り上げました。この2つの化合物がp53とPGC-1αに対するSIRT1の働きをどう変えるのか、またSIRT1のどこに作用するのかを調べることが、この研究の目的です。

何を調べたか

研究チームは、大腸菌でヒトSIRT1の触媒活性に必要な部分をつくり、試験管内で実験しました。基質には、p53とPGC-1αの一部の配列を持つ合成ペプチドを使いました。このペプチドはアセチル基付きで、SIRT1がアセチル基を外した割合を測ることで、HMFとノビレチンの影響を評価しました。比較対照には、SIRT1活性化物質として知られるレスベラトロールを用いました。

さらに、酵素反応の速さを解析する「酵素反応速度論」によって、2つの指標の変化を調べました。1つは、酵素が基質とどれだけなじみやすいかの目安となるKmです。もう1つは、酵素がどれだけ効率よく反応を進めるかを示す触媒効率(kcat/Km)です。

化合物がSIRT1のどこに作用するかについては、いくつかの手法を組み合わせました。NMR(核磁気共鳴)分析では、化合物を加えたときに、SIRT1のN末端ドメイン(NTD)を構成するアミノ酸一つひとつの信号がどう変わるかを観察しました。NTDは酵素の端にある小さな領域です。あわせて、タンパク質に含まれるトリプトファンの蛍光が弱まる様子を測る実験も行いました。そのうえで、計算機上のドッキング解析と分子動力学(MD)シミュレーションにより、化合物がタンパク質の表面でどのような位置や向きを取るかを調べました。

主な結果

HMFとノビレチンはいずれも、p53ペプチドに対するSIRT1の活性を濃度に応じて高めました。100μMでの活性の上昇は、HMFで約15.8%、ノビレチンで約21.3%と報告されています。これは、今回の条件で陽性対照のレスベラトロールが示した効果と同程度でした。PGC-1αペプチドに対しては、HMFが100μMで活性を13.5%高めました。ノビレチンは低い濃度で小さな上昇を示しました。一方、レスベラトロールは試した濃度ではPGC-1αペプチドに対する活性を高めませんでした。

反応速度の解析では、HMFとノビレチンがどちらの基質に対しても触媒効率(kcat/Km)を有意に高めました。p53ペプチドではそれぞれ約15%と約12%、PGC-1αペプチドではそれぞれ約22%と約25%の上昇でした。Kmが統計的に有意に下がったのはPGC-1αペプチドの場合だけです。著者らはこれらの結果から、2つの化合物を、今回の試験管内の条件では効果は控えめながら再現性のあるSIRT1活性化物質と位置づけています。

NMR分析では、2つの化合物がいずれもSIRT1のNTDの中にある「α2–ループ–α3」と呼ばれる部分の信号を変化させました。この部分は、2つのらせん構造とそれをつなぐループからなります。T209、E214、L220、I223、V224といったアミノ酸が共通して影響を受け、なかでもT209の変化が最も大きいものでした。トリプトファン蛍光の実験も、NTDがこの応答に重要であることと矛盾しない結果を示しました。ドッキング解析とMDシミュレーションでは、両化合物がこのNTD表面にとどまりながら、複数の結合の仕方をとることが示されました。

研究が示すこと

研究チームは、AlphaFold 3で予測したSIRT1と基質の複合体の構造に、MDシミュレーションで得た化合物の配置を組み合わせたモデルを作成しました。このモデルから、NTDに結合したPMFが、SIRT1と基質が反応を進めやすい状態を安定させている可能性を提案しています。

この研究は、柑橘の皮に由来するPMFが、酵素の反応の中心から離れたNTDの特定の表面を介してSIRT1の働きを高めうることを、試験管内の実験と計算機上の解析によって分子レベルで示したものです。

著者:Dwina Juliana Warman(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Koh Takeuchi(Department of Pharmaceutical Sciences, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan)、Sayaka Okonogi(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Kenta Tsutsumi(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Tohru Terada(Department of Biotechnology, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan; Agricultural Bioinformatics Research Unit, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Satoru Nakamura(Nitto Fuji Flour Milling Co., Ltd., 1-28-23 Shinkawa, Chuo-ku, Tokyo 104-0033, Japan)、Masayoshi Takayanagi(Nitto Fuji Flour Milling Co., Ltd., 1-28-23 Shinkawa, Chuo-ku, Tokyo 104-0033, Japan)、Nana Sato(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Peng Lü(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Hideaki Itoh(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Ken Okamoto(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan)、Suguru Okuda(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan; Research Center for Food Safety, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan. Electronic address: [email protected])、Koji Nagata(Department of Applied Biological Chemistry, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan; Agricultural Bioinformatics Research Unit, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan; Research Center for Food Safety, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan. Electronic address: [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dwina Juliana Warman, Koh Takeuchi, Sayaka Okonogi, et al. Molecular mechanism of SIRT1 activation by polymethoxyflavonoids derived from citrus peels. Food Chemistry 2026-10-03. DOI: 10.1016/j.foodchem.2026.151390. 原著ライセンス:CC BY.