この研究は、TDの研究機関の研究論文です。
掲載誌:European Scientific Journal ESJ
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的と背景
赤ちゃんに必要なだけの母乳が出ない、あるいは母乳の質がよくないという悩みは、世界各地で医療機関を訪れるきっかけとなり、授乳をやめる理由にもなっています。論文は、チャドでもこの問題が身近であることを出発点としています。著者は、チャド国内のSMART栄養調査(2022年)で、生後0〜6か月の子どものうち母乳だけで育てられているのは7.3%にとどまると報告されていることを紹介しています。
こうした悩みは、チャドの伝統医療では古くから対応されてきました。とくに南東部モワイヤン・シャリ州のエリボンゴとケマタに暮らすサラ・カバの人々の間では、エウフォルビア・ヒルタ(Euphorbia hirta L.、トウダイグサ科の草本)を用いる家庭の処方が、世代から世代へ受け継がれてきたといいます。現地ではこの植物を「バー・ンドレ(鳩の乳)」と呼び、質が損なわれたとされる母乳を「バー・カタ(塩辛い乳)」と呼び分けてきました。
この研究の目的は、そうした地域の処方を科学的な記述として書き残し、その価値を明らかにすることです。具体的には、この知識を持つ人々がどのような人たちかを調べ、植物の使い方を記録し、植物に含まれる成分の種類を調べ、さらに抽出物が活性酸素などの不安定な分子(フリーラジカル)を捕まえる働きを持つかどうかを簡易的に確かめることが掲げられています。
どのように調べたか
著者はまず聞き取り調査を行いました。エリボンゴとケマタで、母乳の不足や質の問題への対処法を知る伝統医療の施術者150人に、あらかじめ用意した調査票と半構造化インタビュー(質問の骨組みは決めつつ自由に語ってもらう形式)で個別に話を聞いています。参加は本人の都合と、目的や方法を説明したうえでの自由意思による同意に基づいて行われ、匿名性と地域の文化的価値への配慮が図られたと述べられています。
次に植物そのものを調べています。現地の薬草の担い手の案内で2025年11月から2026年1月にかけて自生地で採取し、大学の植物学者が種を同定したうえで、標本を国内の研究機関の標本庫に登録しました。採取した草は洗って日陰で15日間乾かし、粉にしてから実験に用いています。
実験は二つです。一つは植物化学スクリーニングと呼ばれる作業で、粉末を溶媒に浸すなどして成分を取り出し、決まった試薬で色や沈殿の変化を見て、どの種類の成分(二次代謝産物)が含まれるかを判定します。もう一つはDPPH法という簡便な試験です。DPPHは紫色をした不安定な分子で、これを打ち消す働きのある物質が加わると紫から黄色へと色が変わります。著者は試験プレート上での呈色と、薄層クロマトグラフィー(TLC、成分を板の上で分離する手法)と組み合わせた確認の両方を行っています。
報告された主な結果
聞き取りに応じた150人のうち、8割が女性で、職業では主婦が80%、次いで農耕者17%、漁を営む人3%でした。年齢は40〜60歳が半数を占め、就学歴では初等教育を受けた人が60%、学校に通っていない人が40%。知識の入手経路は、93%が祖先から代々受け継いだと答え、観察によるとした人は7%でした。
使い方は一様でした。回答者全員が植物全体を用いると答え、生のまま使う人と乾かして使う人が半々。調製法は100%が煎じること(デコクション)で、飲用すなわち経口で与えられ、母乳の出と質が満足のいく状態になるまで続けられます。採取の時期は特に限られず、一年を通じて必要に応じて行われると報告されています。
成分の分析では、複数の二次代謝産物が確認されました。強心配糖体、ステロール/テルペノイド、アルカロイドが強く検出され、次いで縮合型タンニン(カテキンタンニン)とアントシアノシド、そしてフラボノイドについてはフラボンが認められています。一方で、遊離キノン類、アントラキノン類、サポニン、没食子タンニンは検出されませんでした。抽出の効率(収率)は溶媒によって異なり、アルコールを使った場合が14.4%で、水を使った場合の11.4%より高い値だったと報告されています。
DPPHを使った予備的な色の変化の試験では、抽出物を加えたところ紫から黄色への変化が見られ、陽性と判定されました。薄層クロマトグラフィーと組み合わせた確認でも同様に黄色い斑点が現れ、この結果が裏づけられたとされています。著者は、これは抽出物に含まれる成分がDPPHのラジカルを捕まえうることを示す定性的な所見であると位置づけています。
この研究が示すこと
この研究は、サラ・カバの人々が長く受け継いできた処方について、誰が、どの部位を、どのように調製して用いるのかを記録に残し、その植物にどのような種類の成分が含まれるかを示しました。著者は、こうしたデータが、今後の薬理学的な検討の土台となる資料になりうると述べています。
ただし、ここで得られたのはあくまで成分の種類の有無と、色の変化による定性的な所見です。著者自身も、この植物が母乳の産生に働くという伝統的な位置づけは、その原因が酸化ストレスに由来する場合であれば説明がつくかもしれない、という仮説の形で提示するにとどめています。地域に根づいた知識を科学の言葉で書きとめること、その最初の一歩が、この論文の意味するところだといえるでしょう。
著者:Ndjebwo Oroma Mina(Département des Sciences Biomédicales et Pharmacie, Faculté des Sciences de la Santé Humaine, Université de N’Djamena, Tchad Laboratoire de Recherche, Diagnostic et Expertise Scientifique, Unité de Phytochimie et Pharmacognosie, Ndjamena, Tchad)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ndjebwo Oroma Mina. Études ethnomédicinales, phytochimiques et activité antiradicalaire de Euphorbia hirta L. utilisée à visée galactogène dans la médecine traditionnelle chez les Sara-Kaba de Hélibongo et Kémata, dans la province du Moyen-Chari (Tchad). European Scientific Journal ESJ 2026-08-31. DOI: 10.19044/esj.2026.v22n24p103. 原著ライセンス:CC BY.