コハク酸は、食品や医薬品の原料、さらには生分解性プラスチックの一種であるポリブチレンサクシネートの原料としても使われる、応用範囲の広い化学品です。石油ではなく植物由来の資源から作る「バイオベース」の生産方法が注目されていますが、稲わらやトウモロコシの茎葉などの植物残渣(リグノセルロース系原料)を分解して得られる糖液を効率よく使いこなすことが、コスト面での大きな課題となっています。こうした糖液にはグルコース(ブドウ糖)とキシロースという2種類の糖が主成分として含まれていますが、微生物はグルコースを優先的に使ってしまい、キシロースの利用が後回しになりがちなことが知られています。今回紹介する研究は、この課題に対して大腸菌を遺伝子レベルで改良し、両方の糖を同時に効率よく利用できるようにすることで、コハク酸の生産性を高めようとしたものです。
研究でわかったこと
研究チームは、大腸菌の一種であるE. coli C600株を出発点に、段階的な工学的改変を行いました。まず、コハク酸以外の副産物を作ってしまう競合経路を取り除きました。次に、糖の取り込みに関わる仕組み(ホスホトランスフェラーゼ系)を改変し、グルコースがあるとキシロースの利用が抑えられてしまう「カタボライト抑制」と呼ばれる現象を緩和しました。さらに、枯草菌(Bacillus subtilis)由来のpck遺伝子を導入することで、キシロース代謝の際に生じるエネルギー(ATP)負担を軽減したとされています。加えて、キシロースの利用効率をさらに高めるため、Caulobacter crescentusという細菌が持つ酸化的な代謝経路(WeimbergおよびDahms経路)を大腸菌に組み込み、リボソーム結合部位のライブラリを用いて発現量を細かく調整しました。この結果、糖の混合比率が変化してもグルコースとキシロースを柔軟に同時利用でき、高いコハク酸収率を維持できる株が得られたと報告されています。さらに、転写を調節する遺伝子(グローバル転写調節因子)のライブラリを用いた探索により、crp遺伝子に変異を持つ「ESC6 crp-W68+」という株が見いだされ、この株は無機窒素だけを窒素源として使っても効率よく増殖しコハク酸を生産できたとされています。5リットルのバイオリアクターを用いたスケールアップ実験では、この株は人工的に調製した混合糖液から87.7 g/Lのコハク酸を収率1.15 mol/molで生産し、実際のトウモロコシ茎葉由来の加水分解物からも77.3 g/Lのコハク酸を収率1.02 mol/molで生産できたことが示されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、実験室レベルでの微生物の遺伝子改変とバイオリアクターでの検証に基づくものであり、あくまで一つの研究として得られた結果です。要旨からは、より大規模な生産設備での実証や、経済性・実用化に向けた検討がどこまで進んでいるかは読み取れません。また、この記事で紹介した数値や成果は、あくまで今回の実験条件下で得られたものであり、条件が異なれば結果も変わりうる点に留意が必要です。バイオベース化学品の生産技術は日々研究が進んでいる分野であり、本研究もそうした技術発展の一つの成果として位置づけられます。
まとめ
本研究では、大腸菌に複数の遺伝子改変を組み合わせることで、植物残渣由来の糖液に含まれるグルコースとキシロースを効率よく同時利用し、高濃度のコハク酸を生産できる株が開発されたと報告されています。今後、こうした微生物を使ったものづくりの技術がどのように発展していくのか、引き続き注目される分野といえるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:グルコースとキシロースの強固な共利用を可能にする大腸菌の工学的改変によるリグノセルロース加水分解物からの高濃度コハク酸生産(シンセティック・アンド・システムズ・バイオテクノロジー・2026年01月)