チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品には、昔から乳酸菌の働きが関わっています。乳酸菌が作り出す物質の中には、他の微生物の増殖を妨げるものがあることが知られており、こうした性質は食品を安全に保存するための技術(生物学的保存、バイオプリザベーション)への応用が期待されています。今回紹介する研究では、モルドバの伝統的な発酵乳から分離された「好熱性」の乳酸菌(比較的高い温度を好んで増える乳酸菌)に着目し、食中毒の原因菌として知られる大腸菌(Escherichia coli)とリステリア菌(Listeria monocytogenes)に対して、どの程度の抗菌活性を持つのかを調べています。
研究でわかったこと
研究チームは、これらの乳酸菌を培養した後に菌体を取り除いた「無細胞上清(培養液の上澄み)」を用意し、寒天培地の上で抗菌活性を調べる方法(寒天拡散法)で実験を行いました。その結果、大腸菌に対しては6.6〜7.3mm、リステリア菌に対しては5.5〜6.3mmの阻止円(菌の増殖が抑えられる範囲)が再現性をもって確認されたと報告されています。
さらに、この抗菌活性がどのような成分によるものかを調べるため、いくつかの処理を行った上清でも同様の実験が行われました。まず、上清のpHを中性に戻しても抗菌活性は保たれていました。また、過酸化水素を分解する酵素(カタラーゼ)で処理しても活性はわずかに変化したのみでした。これらの結果から、乳酸菌がよく作り出す有機酸や過酸化水素は、今回観察された抗菌活性の主な要因ではないことが示唆されています。
一方で、タンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)で処理したところ、阻止円の大きさは大腸菌で4.0〜4.6mm、リステリア菌で3.0〜3.5mmへと有意に縮小しました(統計的に意味のある差、p<0.05)。ただし、活性が完全になくなったわけではなく、一部の抑制効果は残っていたとされています。これらの結果を総合すると、今回調べられた乳酸菌の抗菌作用は、バクテリオシン様のタンパク質性成分と、タンパク質以外の抗菌性代謝物の両方が関わる、複数の要因による仕組みである可能性が考えられると論文では述べられています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の乳酸菌が持つ抗菌活性の性質を、実験室内の条件下で調べたものです。今回の結果は、あくまで無細胞上清を用いた寒天拡散法という実験手法によって得られたものであり、実際の食品中での保存効果や、ヒトの健康への影響を直接示したものではありません。論文でも、これらの分離株は今後さらに抽出物を精製し、抗菌成分を化学的に特定していくための有望な候補として位置づけられており、研究はまだ基礎的な段階にあるといえます。一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意して読むとよいでしょう。
まとめ
モルドバの伝統的な発酵乳から分離された好熱性乳酸菌が、大腸菌やリステリア菌に対して抗菌活性を示すことが確認され、その仕組みにはタンパク質性の成分と非タンパク質性の成分の両方が関わっている可能性が示唆されました。今後、これらの抗菌成分がさらに詳しく解析されることで、食品の保存技術への応用に向けた知見が積み重ねられていくことが期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:モルドバの伝統的発酵乳から分離された好熱性乳酸菌の細胞外抗菌活性(食品栄養研究ジャーナル・2026年05月)