お寿司やお刺身、エビなどの魚介類を食べるときに気になる存在の一つが「腸炎ビブリオ菌(Vibrio parahaemolyticus)」です。この菌は海水中や魚介類に生息し、食中毒の原因となることが知られています。厄介なのは、この菌が「バイオフィルム」と呼ばれるヌルヌルとした膜状の集合体を作ることで、周囲の環境で生き延びやすくなったり、抗菌剤に対する耐性を高めたりする点です。今回紹介する研究では、緑茶に多く含まれるポリフェノールの一種である「エピガロカテキンガレート(EGCG)」が、この腸炎ビブリオ菌に対してどのような影響を与えるのかが調べられました。
研究でわかったこと
この研究では、パンデミックの原因となったことがある腸炎ビブリオ菌の株(RIMD2210633、O3:K6型)を対象に、EGCGの抗菌・抗バイオフィルム作用が調べられました。その結果、EGCGは濃度に応じて、菌の増殖・運動性・バイオフィルム形成を抑制したと報告されています。
比較的低い濃度(4および8µg/mL)のEGCGでも、バイオフィルムの量を減らし、コロニー(菌の集落)の見た目を変化させ、バイオフィルムを構成する細胞外の物質を減少させる効果が見られたとされています。さらに、すでに形成されたバイオフィルムに対しても強い殺菌効果を示したことが述べられています。
EGCGはエビの肉の中でも殺菌効果を示し、魚介類に関連する表面上でのバイオフィルム形成を妨げたことも報告されています。加えて、培養細胞(HeLa細胞)を用いた実験や、昆虫(セイヨウミツバチガの幼虫)を用いた感染モデルの両方で、菌の病原性を弱める効果が確認されたとされています。
メカニズムの面では、RNAシーケンシングという手法により、EGCGの投与によって500個の遺伝子の発現に変化が生じたことが明らかにされました。これらの遺伝子は、細胞内の情報伝達に関わる「c-di-GMPシグナル伝達」や、鞭毛(べんもう)の形成、細菌が毒素などを送り込む「III型・VI型分泌装置」、ストレス応答といった重要な仕組みに関わるものだったと報告されています。また、生化学的な実験により、EGCGが細胞内のc-di-GMPという物質の量を濃度に応じて直接減少させることも確認されたとされています。定量的なPCR(遺伝子検査手法)によって、病原性・運動性・バイオフィルム形成・調節に関わる遺伝子の発現変化も裏付けられたと述べられています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、実験室内の菌株や培養細胞、昆虫モデルを用いた基礎研究であり、EGCGが人の健康や食品の安全性に対してどのような効果をもたらすかを直接示したものではありません。研究チームは、これらの結果がEGCGを食品産業や臨床の現場で天然の抗菌剤として応用できる可能性を示唆していると述べていますが、あくまで一つの研究であり、実際の食品保存や感染症対策への応用については、さらなる検証が必要と考えられます。
まとめ
今回の研究では、緑茶由来のポリフェノールであるEGCGが、食中毒の原因となる腸炎ビブリオ菌の増殖・運動性・バイオフィルム形成を濃度依存的に抑制し、菌の病原性も弱めることが示唆されました。RNAシーケンシングによる解析では、c-di-GMPシグナル伝達や鞭毛形成、分泌装置に関わる遺伝子群の発現変化が伴っていたことも報告されています。今後、こうした知見が食品分野などでどのように活かされていくのか、続報が注目されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:腸炎ビブリオ菌に対するエピガロカテキンガレートの抗菌および抗バイオフィルム活性(エヌピージェイ・サイエンス・オブ・フード・2026年04月)