日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Japanese Journal of Infectious Diseases
ライセンス: 論文に記載なし
牡蠣などの二枚貝を介したノロウイルス食中毒はよく知られていますが、今回紹介する研究が扱っているのは少し違うケースです。北海道札幌市の商業ビルで2024年12月末から2025年1月初めにかけて発生した、水道水そのものが汚染されたことによる集団食中毒について、札幌市保健福祉局の研究チームが調査結果をまとめました。
調査の舞台となったのは地下2階から地上9階建ての商業ビルで、複数の飲食店が入っていました。異なる店舗で食事をした客に相次いで嘔吐や下痢などの症状が出たことから、2025年1月4日に札幌市保健所へ届け出があり、食品衛生法および水道法に基づく疫学調査と環境調査が行われました。
どのように原因を突き止めたのか
患者はいずれもビル内の飲食店を利用しており、共通する感染源として建物の給水設備が疑われました。調査の結果、確定した患者は73人にのぼり、年齢の中央値は29.5歳(13〜48歳)、男性が42人(57.5%)を占めました。症状は下痢が61人(83.6%)、発熱が52人(71.2%)、嘔吐が48人(65.8%)などで、潜伏期間の中央値は37.5時間でした。入院が必要になったのは1人(1.4%)で、死亡例はありませんでした。
実は12月29日午後2時ごろ、複数の飲食店から「水道水が濁って異臭がする」との申し出がビルの管理会社に寄せられていました。管理会社は午後4時に異常を確認して給水を停止しましたが、各店舗への通知が遅れたため、警告を受け取る前に汚染された水で調理や飲用が行われてしまいました。地下の受水槽は同日夕方に排水・清掃され、清浄な水道水で満たし直されています。
便検体は患者12人・従業員17人の計29人から採取され、水質検体は受水槽から供給される蛇口の水1件と、雑排水槽(グレーウォータータンク)の水2件が調べられました。RT-PCR検査の結果、患者の便からは12人全員(100%)、従業員では17人中9人(約53%、うち8人は無症状)からノロウイルスGII.17が検出され、雑排水槽の水2件からも同じ遺伝子型が検出されました。検出されたウイルスの遺伝子配列は99.4〜100%という高い一致率を示し、全員が共通の感染源に由来することが示唆されました。なお、受水槽の清掃・注水から9日後に採取された蛇口水は陰性でしたが、著者らはこれを汚染源がすでに入れ替えられた後の採水だったためとみています。
汚水タンクの故障がもたらした汚染の仕組み
環境調査で明らかになったのは、老朽化した給水設備の構造的な欠陥でした。このビルの地下には、飲料水を溜める受水槽と、上階の飲食店などから出る排水を集める雑排水槽が隣接して設置されていました。調査時、受水槽のコンクリート壁にはひび割れや鉄筋の露出が確認され、周辺には下水のような強い臭気が漂い、雑排水槽の蓋やその上部の壁には水があふれた跡が残っていました。さらに、雑排水槽の排水ポンプが機能停止していたことも判明しました。ビルには水位上昇を知らせる警報装置があったものの、音による警報機能は作動していませんでした。
著者らは、汚染に至った経路を次のように推定しています。排水ポンプの故障に気づかれないまま汚水位が上昇し、雑排水槽へ汚水があふれ出し、さらに雑排水槽自体からも水があふれて地下2階が浸水、その水が受水槽の壁のひび割れや穴から侵入し、汚染された水がビル内の蛇口に供給されて調理や飲用、製氷に使われたことで人への曝露が起きた、という流れです。事故前後に大雨や融雪の記録はなく、著者らは今回の逆流が気象要因ではなく、機械の故障と構造上の欠陥によって起きたとみています。また、事故が発生した時期は忘年会シーズンで来客数が増えていたことも、汚水の逆流や地下の浸水を助長した可能性があると指摘されています。
札幌市衛生研究所が実施している地域のノロウイルス分子疫学サーベイランスのデータでも、2024年12月から2025年1月にかけて札幌市内で検出されたノロウイルスの主要な遺伝子型はGII.17であり、今回のビル内で検出された株と一致していました。
この研究を読むうえで押さえておきたい点
著者らは、緊急対応を優先したため残留塩素濃度や大腸菌群数の測定は行わなかったことを限界として挙げています。また、食品サンプル自体の検査は行っておらず、疫学的な状況証拠から「汚染された水が調理や製氷を介して食品衛生法上の食中毒として扱われた」という位置づけになっている点にも留意が必要です。今回のような地下式の受水槽・雑排水槽の構造は、日本では1975年以前に建てられた比較的古い建物に多く見られる形式で、それ以降は新設が制限されているものの、現在も多くの建物で使用され続けているとされています。著者らは、中国の工場や都市で起きた同様の地下給水設備汚染事例(そのうち一件は同じGII.17型)にも触れ、こうした老朽インフラに起因する汚染は日本に限らず起こりうると述べています。今回の報告は札幌市の一施設における事例調査であり、この経路による食中毒の発生頻度や他地域での実態を示すものではない点は留意が必要です。
まとめ
今回の研究は、老朽化した地下給水設備の構造的な欠陥と排水ポンプの故障が重なったことで、汚水が飲料水タンクに逆流し、大規模なノロウイルス食中毒につながった経緯を、疫学調査と水質・便検体の遺伝子検査の両面から明らかにしたものです。著者らは、こうした「静かに進行する」設備の不具合は日常の運用の中で気づきにくく、定期的な点検と老朽設備の更新が今後のリスク低減に重要だと述べています。
著者:Ryogo Ishihara(Department of Public Environmental Section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Yusuke Oguchi(Department of Health Science section, Sapporo City Institute of Public Health, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Hisashi Takahashi(Department of Public Environmental Section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Masayuki Kikuchi(Department of Health Science section, Sapporo City Institute of Public Health, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Satoshi Yoshizu(Department of Public Environmental Section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Ayako Nagano(Department of Public Environmental Section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Yasuyuki Takata(Department of Food Safety Promotion section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Noriaki Tateshita(Department of Food Safety Promotion section, Public Health Office, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)、Masayuki Saijo(Director General, Health and Welfare Bureau, Sapporo Municipal Government, Japan)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Ryogo Ishihara, Yusuke Oguchi, Hisashi Takahashi, et al. Foodborne outbreak of norovirus GII.17 due to water contamination caused by backflow from a malfunctioning sewage tank. 日本感染症学会誌(ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディジージズ) (2026). DOI: 10.7883/yoken.jjid.2026.046.