この研究は、中国、イスラエル、チェコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
セレンが豊富な土地でのカドミウム問題
セレンは人体に必要な微量元素で、抗酸化作用や免疫機能の維持などに関わるとされます。論文によれば、中国の成人1人あたりの1日平均セレン摂取量は26.63マイクログラムで、中国栄養学会が推奨する60〜240マイクログラムを大きく下回っています。主食であるコメはセレンの主要な摂取源であるため、セレン含量の高い土地でセレンを多く含むコメを育てることが、摂取量を増やす一つの方法として注目されてきました。
ところが著者らは、中国の天然のセレン豊富地域では地質的な背景としてカドミウムなどの重金属も多く含まれる場合が多いと指摘します。カドミウムは腎臓に慢性的な害を及ぼす物質で、国際がん研究機関はヒトに対する発がん性があるグループ1に分類しています。土壌中のカドミウムは根から吸収され、地上部を経て可食部に蓄積し、食事を通じて人体に入ります。セレンとカドミウムの間にはある程度の拮抗作用が知られるものの、セレン豊富地域でも玄米のカドミウムが基準を超える例があり、両立は難しい課題だと論文は述べています。
こうした背景から研究チームは、カドミウムを減らしつつセレンを増やす土壌改良資材(ソイルコンディショナー)の配合を探り、その効果としくみを調べることを目的としました。市販の資材の多くは単一成分で効果が安定しない点、セレン肥料は高価で気候条件の影響を受けやすい点が、研究の出発点として挙げられています。
鉢植えと圃場で資材の組み合わせを試す
試験地は中国中部・江西省北西部の宜春市上高県界埠鎮です。宜春市は中国の三大天然セレン豊富地域の一つとされ、土壌は中国土壌分類でいう赤色土に当たります。イネの品種は現地の主要栽培品種である甬優1538で、2024年7月20日に移植し、同年10月31日に収穫する計103日間の栽培を行いました。
資材の素材として使われたのは、石灰、カルシウム・マグネシウム・リン酸肥料、ゼオライト、フミン酸ナトリウムの4種類です。鉢植え試験ではこれら4種をそれぞれ単独で施用した区と、何も施用しない対照区を設けました。圃場試験では、この4因子を9段階ずつ組み合わせる「均一計画」という実験設計を用いて9通りの配合(T1〜T9)をつくり、対照区を加えた計10処理を比較しています。均一計画とは、多数の組み合わせの中から全体をまんべんなく代表する少数の条件を選び、効率よく傾向をつかむための手法です。
収穫期にイネを根・茎・葉・子実に分け、土壌とあわせてカドミウムとセレンの濃度を測定しました。土壌についてはpH(酸性・アルカリ性の度合い)、電気伝導度、有機物、窒素、有効態リン、有効態カリウムなども調べています。あわせて、ある器官から次の器官へどれだけ移りやすいかを示す移行係数(transfer factor)も算出されました。
報告された主な結果
鉢植え試験では、資材を施用した区の土壌pHと電気伝導度が対照区より高くなりました。石灰、カルシウム・マグネシウム・リン酸肥料、フミン酸ナトリウムの各処理は、対照区と比べてカドミウム濃度を有意に下げ、可給態セレン濃度を22.95%から51.78%の範囲で有意に高めたと報告されています。一方、ゼオライト処理では土壌セレン濃度に効果は見られませんでした。
圃場試験では、土壌の可給態カドミウム濃度は0.13〜0.23 mg/kgの範囲にあり、いずれの処理区も対照区より有意に低下しました。中でもT3がカドミウム低減に最も効果的で、可給態セレンの富化についてはT3とT9が最も有効だったとされています。イネの器官別では、カドミウム・セレンともに濃度は根>茎>葉>子実の順で、根が最も高いという共通した傾向が見られました。子実のカドミウムは、対照区の1.28 mg/kgに対しT3では0.63 mg/kgでした。根のカドミウム濃度はT3が対照区の0.52倍、根のセレン濃度はT3が対照区の1.16倍と報告されています。
相関の分析では、各器官のカドミウム濃度どうしが有意に正の相関を示し、セレン濃度どうしも正の相関を示しました。そのうえで、各器官のカドミウム濃度とセレン濃度の間には有意な負の相関が認められています。土壌の性質との関係では、可給態カドミウムは各理化学性と負の相関、可給態セレンは正の相関を示し、pHと電気伝導度が土壌中のカドミウム・セレン濃度の変動を左右する主要因だと結論づけられました。
さらに著者らは、晩生イネの子実カドミウム低減率と各資材量の関係を重回帰分析し、最適配合として石灰1,500 kg/ha、カルシウム・マグネシウム・リン酸肥料7,500 kg/ha、フミン酸ナトリウム870 kg/ha(比率でおよそ1:5:0.58)を算出しています。収量面では、圃場試験のT5とT9で理論収量・実収量が他の処理区および対照区より有意に高かったと報告されました。
この報告が示すこと
論文が提示するしくみの説明はこうです。アルカリ性の資材が土壌pHを上げると、土壌コロイドや粘土粒子が重金属イオンを吸着しやすくなり、カドミウムは動きにくい形へ移りやすくなります。カドミウムは電子を失いやすい陽イオンとして存在するのに対し、セレンは電子を受け取りやすいセレン酸イオンや亜セレン酸イオンといった陰イオンとして存在するため、同じ条件下で逆の挙動を示し、より多く溶け出しやすくなる、という対比です。加えて、ケイ素・カルシウム・マグネシウムのイオンが根の内皮のカスパリー線を厚くして金属の移動を妨げる可能性や、カルシウムイオンが根の表面でカドミウムと吸着部位を奪い合う可能性も、想定される機序として挙げられています。
著者らは、石灰とカルシウム・マグネシウム・リン酸肥料を主成分とするカドミウム低減・セレン富化資材が、セレンとカドミウムがともに存在する水田の改善とコメの品質・収量の向上に一定の実行可能性を示したと結論しています。単一成分の資材では結果が安定しにくいという課題に対して、複数素材の配合を系統的に比べ、その割合まで数値で示した点が、この研究の輪郭を形づくっています。
著者:Jingshang Xiao(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Hongqian Hou(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Jianhua Ji(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Zhenzhen Lv(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Xianjin Lan(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Yiren Liu(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Yifan Ma(Institute of Water Resources and Environmental Design, CSCEC AECOM Consultants Co., Ltd)、Long Qian(National Biopesticide Engineering Technology Research Center, Hubei Biopesticide Engineering Research Center, Hubei Academy of Agricultural Sciences)、Ying Liu(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Qinlei Rong(College of Land Resources and Environment, Jiangxi Agricultural University)、Lijun Zhou(National Red Soil Improvement Engineering Technology Research Center, Jiangxi Institute of Red Soil)、Yun Liu(Institute of Soil Fertilizer and Resource Environment, Jiangxi Academy of Agricultural Sciences/National Engineering and Technology Research Center for Red Soil Improvement/Key Laboratory of Acidified Soil Amelioration and Utilization, Ministry of Agriculture and Rural Affairs)、Sijia Zuo(Jiangxi Purifeng Ecological Technology Co., Ltd)、Zhixin Luo(Jiangxi Purifeng Ecological Technology Co., Ltd)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jingshang Xiao, Hongqian Hou, Jianhua Ji, et al. Soil conditioners promote cadmium reduction and selenium enrichment in rice: formulation process, effects, and mechanisms. Frontiers in Plant Science 2026-08-20. DOI: 10.3389/fpls.2026.1887305. 原著ライセンス:CC BY.