この研究は、中国、ノルウェーの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Antibiotics (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
なぜこの研究が行われたのか
家畜のふん尿を発酵・堆肥化して畑に戻すことは、廃棄物を資源として循環させ、土を肥やす持続可能な方法として長く推奨されてきました。しかし研究チームは、この方法には矛盾が潜んでいると指摘します。畜産では家畜の病気の治療や予防のために抗生物質が広く使われるため、ふん尿には抗生物質の残留成分と、抗生物質に打ち勝つ能力をもつ微生物が混じります。それが畑に運び込まれることで、農地が「薬剤耐性遺伝子」の貯蔵庫になってしまう可能性があるというのです。
ここで言う薬剤耐性遺伝子(ARG)とは、細菌が抗生物質の効き目をかいくぐるための遺伝子のことです。論文によれば、こうした遺伝子は土にとどまるだけでなく、雨水の流出によって地表水や地下水でも見つかっており、葉物野菜にも残ることが報告されています。つまり、飲み水や農産物を通じて人の体に入り込む経路が考えられるため、医療の場での薬剤耐性問題ともつながりうる、という懸念です。
著者らは、これまでの研究の多くが一時点だけの採取や短期間の実験にとどまっていた点を課題として挙げています。作物は生育段階によって根から出す物質や養分の吸収量が変わり、それにつれて土の中の微生物のバランスも動きます。そこで研究チームは、ハクサイが育ちきるまでの一連の期間を通して、施肥のやり方が養分・微生物・薬剤耐性遺伝子の関係にどう影響するかを追跡しました。特に注目したのは、有機肥料を半量に減らす方法(T2)が、土の肥沃さを保ちながら耐性遺伝子のリスクを下げられるかという点です。
どのように調べたか
試験は、中国・天津市静海区にある、長年にわたって家畜ふん尿を施用してきた農場で行われました。この農場は固形のふん尿を堆肥化し、液体分は貯留槽で発酵させて畑に戻す循環型の管理をしています。2022年と2023年の各年7月から11月まで、ハクサイが育ちきるまでの期間を対象に野外試験が実施されました。
比較したのは6つの区画です。無施肥の対照区(CK1)、基肥のみの対照区(CK2)、有機肥料と化学肥料を慣行どおり全量施す従来法(TF)、そして減量した3通り — 有機と化学を半量ずつ混ぜるT1、有機肥料だけを半量施すT2、化学肥料だけを半量施すT3。各処理は3反復で無作為に配置されました。
土と作物の採取は、植え付け前、ロゼット期(株が横に広がる時期)、結球期(葉が球状に巻く時期)、収穫期という4つの生育段階で行われました。土については、全窒素・硝酸態窒素・アンモニウム態窒素・有効態リン・pHといった養分と酸性度、亜鉛や銅などの重金属、そしてテトラサイクリン系・スルホンアミド系・フルオロキノロン系・マクロライド系の4系統16種類の抗生物質の残留量を測定しています。さらに、6種類の耐性遺伝子グループと、遺伝子を細菌の間で運ぶ役割をもつ3種類の「可動性遺伝因子」(プラスミドや組込み配列など、遺伝子を細胞から細胞へ移す仕組み)の量を定量し、16S rRNA遺伝子の解析で細菌群集の構成も調べました。あわせて、耐性遺伝子とどの細菌が一緒に増減するかを統計的に結びつけるネットワーク解析と、汚染の程度を数値化する汚染指数・リスク指数による評価も行われています。
報告された主な結果
まず抗生物質の残留については、TF(全量施肥)で総残留量が最も高く、次いでT1、T2、T3の順でした。無施肥のCK1では抗生物質が検出されず、著者らはこれをもって家畜ふん尿が主要な由来であることが確認できたとしています。残留量は収穫期に最も高くなり、作物の生育期間を通じて徐々に蓄積していく様子が示されました。とりわけテトラサイクリン系のクロルテトラサイクリンとオキシテトラサイクリンが残りやすかったと報告されています。
重金属では、ふん尿の施用が銅とカドミウムの蓄積に強く影響した一方、ヒ素・クロム・鉛には処理間の有意差が認められませんでした。亜鉛と銅の蓄積が最も大きく、著者らはこれらが家畜の飼料添加物として広く使われていることを理由として挙げています。収穫期のTF区では銅と亜鉛が最も高く、中国の土壌汚染基準(GB15618-2018)のスクリーニング値に近づいていたと報告されています。ただし論文は、重金属濃度は国の安全基準内にとどまっていたとも述べています。
耐性遺伝子については、有機肥料を減らした処理(T1・T2・T3)が結球期の遺伝子量を有意に下げ、その中でもT3が最も低い値でした。遺伝子を運ぶ可動性遺伝因子ではISCR1が最も多く検出され、ロゼット期には減量処理でその量が有意に低下しました。時間的な動きとしては、耐性遺伝子と可動性遺伝因子はいずれも結球期に最も増え、収穫期には減少しました。著者らはこの減少について、土着の微生物がふん尿由来の細菌を押しのけて優勢になった結果ではないかと考察しています。もっとも、16種類の耐性遺伝子と3種類の可動性遺伝因子は減肥した区画でも一貫して検出され続けており、通年のふん尿施用が耐性遺伝子の貯蔵庫を維持していることが示されました。無施肥のCK1でも植え付け前にstrA遺伝子が高い量で検出されており、肥料を与えなくても過去の影響として遺伝子が土に残ることが確認されています。
収量については、施肥した4区(TF・T1・T2・T3)がいずれも対照区を有意に上回り、施肥区同士の間には統計的な差がありませんでした。つまりTFより窒素を50%少なく施した処理でも、収量は同等に保たれたということです。ハクサイの窒素とリンは葉・茎・根の順に多く、食用となる葉に最も集まりました。葉の窒素はT2が最も高く、有機肥料をTFの半分しか施していないにもかかわらず、同程度以上の窒素吸収が得られたと報告されています。
微生物の構成では、どの処理でもプロテオバクテリアが最も優勢でした。2番目に多いアシドバクテリオタは、収穫期にTFよりT2で多く、著者らは有機肥料の過剰施用がこのグループを抑えた可能性を示唆しています。有機肥料を施した区では結球期にMB-A2-108やRokubacterialesが増え、その時期は耐性遺伝子と可動性遺伝因子が多い時期と重なっていました。ネットワーク解析では17の細菌分類群が12種類の耐性遺伝子グループと3種類の可動性遺伝因子と有意に関連し、tetQ・strB・sul2が多くの細菌と共に現れる頻度が高いことが示されました。
この研究が示すこと
研究チームの報告は、家畜ふん尿の施用がもつ二面性を、一つの畑で一つの作期を通して具体的に描き出したものです。有機肥料は土を肥やし収量を支える一方で、抗生物質の残留と薬剤耐性遺伝子を持ち込み、それを維持する働きもしていました。そして耐性遺伝子の量は季節を通じて一定ではなく、結球期に高まり収穫期に下がるという、作物の生育と結びついた動きを示しました。一時点の測定では見えにくかったこの時間的な変化が、追跡調査によって示されたことになります。
同時にこの結果は、施肥量を減らすという単純な選択が意味をもつことを示しています。窒素を半分にしても収量は落ちず、有機肥料を半量にしたT2では抗生物質と重金属の蓄積が下がり、養分の吸収も保たれていました。著者らはこれを、土の肥沃さ・収量・微生物の健全さのバランスをとる精密施肥の必要性を裏づけるものとして位置づけています。
著者:Wang H(Agro-Environmental Protection Institute, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Tianjin 300191, China.)、Zhang K(Agro-Environmental Protection Institute, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Tianjin 300191, China.; National Field Observation and Research Station (Yunnan Dali) for Agro-Ecosystem, Dali 671004, China.; Key Laboratory of Low-Carbon Green Agriculture in North China, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing 100193, China.)、Liu M(Chifeng Municipal Agriculture and Animal Husbandry Bureau Plant Protection and Plant Quarantine Center, Chifeng 024000, China.)、Cheng S(University of Chinese Academy of Sciences, Beijing 100049, China.)、Cordeiro CM(NIBIO, Norwegian Institute of Bioeconomy Research, N-1430 Ås, Norway.)、Sindhøj E(NIBIO, Norwegian Institute of Bioeconomy Research, N-1430 Ås, Norway.)、Liang J(Agro-Environmental Protection Institute, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Tianjin 300191, China.)、Zeng Y(National Field Observation and Research Station (Yunnan Dali) for Agro-Ecosystem, Dali 671004, China.)、Shen S(Agro-Environmental Protection Institute, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Tianjin 300191, China.; National Field Observation and Research Station (Yunnan Dali) for Agro-Ecosystem, Dali 671004, China.; Key Laboratory of Low-Carbon Green Agriculture in North China, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing 100193, China.)、Zhi S(Agro-Environmental Protection Institute, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Tianjin 300191, China.; National Field Observation and Research Station (Yunnan Dali) for Agro-Ecosystem, Dali 671004, China.; Key Laboratory of Low-Carbon Green Agriculture in North China, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing 100193, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Wang H, Zhang K, Liu M, et al. Optimized Organic Fertilization Mitigates Antibiotic Resistance Gene Dissemination in Manure-Amended Soils: A Field Study on Nutrient-Microbiome-Antibiotic Resistance Gene Nexus During Cabbage Reproductive Cycle. Antibiotics (Basel, Switzerland) 2026-08-24. DOI: 10.3390/antibiotics15090821. 原著ライセンス:CC BY.