この研究は、韓国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Molecular & Cellular Toxicology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ韓国沿岸に注目したのか

海水温の上昇によって、これまで熱帯・亜熱帯にとどまっていた海の生物が、より高緯度の温帯沿岸へ分布を広げつつあります。本論文の著者らは、そうした変化のなかでも「底生性の有害藻類(BHAB)」と呼ばれる渦鞭毛藻に注目し、その生態と毒性、分布の広がり、環境要因に関するこれまでの知見を整理した総説を発表しました。

底生性の渦鞭毛藻は、海中を漂うプランクトン性の有害藻類とは異なり、海藻や海草、サンゴの破片、岩、堆積物などの表面に付着して生活します。著者らによれば、これらを草食性の魚や無脊椎動物が食べることで毒が食物網に入り込み、より上位の魚へと運ばれていきます。なかでもガンビエルディスカス属(Gambierdiscus)とフクヨア属(Fukuyoa)が作るシガトキシンは、シガテラ魚中毒(CFP)の主な原因とされ、論文では細菌によらない魚介類中毒として世界でもっとも多いものだと説明されています。このほかオストレオプシス属、プロロケントラム属、クーリア属、アンフィディニウム属なども、生態学的・毒性学的に意味のある生理活性物質を作ることが知られています。

韓国沿岸が取り上げられたのは、そこが北西太平洋において亜熱帯と温帯の生態系が入れ替わる境界域にあたるためです。南岸と東岸には、東シナ海から暖かい亜熱帯の海水を北へ運ぶ対馬暖流が流れ込んでおり、暖かい海を好む底生渦鞭毛藻が従来の分布域を越えて広がるうえで、この海域が重要な観察の場になると著者らは述べています。

何を調べ、何が報告されたか

著者らは、世界各地の研究報告を整理するとともに、自身が2020年から2025年にかけて行ってきたモニタリング調査の結果をまとめて示しました。調査は春と秋の季節ごとに実施され、済州島および韓国の南岸・東岸で海藻の試料を採取する方法がとられています。対馬暖流の影響の強さが異なる地点が含まれるように調査地点が選ばれ、巨済(コジェ)、釜山、浦項(ポハン)、蔚珍(ウルチン)などが対象になりました。韓国では2009年の済州島周辺調査、2011〜2012年の全国調査が先行していましたが、その後の継続的な長期モニタリングは限られていたと論文は指摘しています。

調査の結果、5つの主要な属(ガンビエルディスカス、オストレオプシス、プロロケントラム、クーリア、アンフィディニウム)が海藻に付着した状態で繰り返し検出されました。その分布のしかたは属ごとに異なっていたと報告されています。シガトキシンの主要な生産者であるガンビエルディスカスは主に済州島周辺で検出され、本土側の沿岸に向かうほど個体数が明らかに減少しました。一方でオストレオプシスは済州島だけでなく南岸・東岸にも広く分布しており、著者らはこの属が他の種よりも幅広い環境に適応できる性質をもつためではないかと考察しています。クーリアとアンフィディニウムも複数の地点で確認され、下痢性貝毒の一種であるオカダ酸を作ることで知られるプロロケントラム・リマは、南岸のいくつかの地点で比較的多く見られました。

分布と海流の関係について、論文は慎重な書き方をしています。繰り返し検出された地点の多くが対馬暖流の影響を受ける海域にあり、暖流の影響が比較的弱い高興(コフン)では総じて個体数が少なかったと報告される一方で、今回の観察だけでは対馬暖流と藻類の分布との間に因果関係があるとまでは言えない、と著者らは明記しています。暖かい海水の輸送は、地域固有の環境条件とあわせて分布を形づくる要因の一つとして位置づけられており、その仕組みの解明には長期の生物観測と海洋・気候データを組み合わせた研究が必要だとしています。

この報告が示すこと

著者らは、これらの検出が単発の出来事ではなく、複数の属が地理的に離れた複数の海域で繰り返し見つかっている点を重視しています。そこから、韓国沿岸は亜熱帯性の底生有害藻類にとって分布の北限に近い「移行帯」になりつつある可能性がある、と述べています。

ただし論文は、藻類がいることと中毒の危険が高いこととを同一視しないよう注意を促しています。毒の生産量は種のあいだでも、同じ種の系統のあいだでも大きく異なり、地域集団や環境条件によって毒の組成も変わるためです。韓国の海域を原因とするシガテラ魚中毒の確認例はこれまで報告されていないとも記されており、実際の危険性を判断するには、毒の定量分析や生理学的な調査が欠かせないという立場がとられています。現状のモニタリングは調査範囲や頻度が限られ、種レベルの分子同定や毒の直接測定との結びつきも十分ではない、というのが著者らの認識です。

そのうえで論文は、生態観測、分子生物学的な種の同定、毒成分の分析、環境モニタリング、そして気候条件にもとづく分布予測を一つの枠組みに統合していくことを課題として挙げています。海の生物多様性の変化を映す指標としてだけでなく、水産物の安全や沿岸の公衆衛生にかかわる存在として、これらの藻類を捉え直す必要がある――それが、この総説から伝わるメッセージです。

著者:Jong–Woo Park(Research Planning Division, National Institute of Fisheries Science, Busan, 46083, South Korea)、Jae‐Hyun Lim(Marine Environmental Research Division, National Institute of Fisheries Science, Busan, 46083, South Korea)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jong–Woo Park, Jae‐Hyun Lim. Climate-driven expansion of toxic ciguatera-causing dinoflagellates: emerging toxicological risks in Korean coastal waters. Molecular & Cellular Toxicology 2026-08-28. DOI: 10.1007/s13273-026-00652-4. 原著ライセンス:CC BY.