この研究は、スウェーデン、ケニアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Health Population and Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
「今日の昼食はどこで、なぜそれを選んだのか」。大人にとっても答えるのが難しいこの問いを、ケニアの都市部に暮らす12〜13歳の青少年たちに、写真を使って語ってもらった研究があります。ケニアでは食をめぐる環境が急速に変化しており、栄養不足・過体重・微量栄養素欠乏が同時に存在する「三重の栄養負荷」が広がるとともに、将来的な非感染性疾患(生活習慣病)のリスクも高まっているとされます。思春期に身につく食習慣はその後の人生の食パターンや病気のリスクに影響しうると考えられていますが、アフリカ地域において、青少年自身の目線から食環境や食の選択がどう経験されているかについては、これまで十分に理解されてこなかったといいます。今回紹介するのは、ケニア・キスムのインフォーマル居住区(非正規な住宅が集まる地域)に通う中学生世代の生徒たちを対象に、彼らの「食の風景」を本人の視点から描き出そうとした質的研究です。
研究でわかったこと
この研究は、参加者自身が写真を撮って語る「フォト・エリシテーション(写真誘発法)」と、地域の食に関する情報を地図に描き出す「ソーシャル・フードスケープ・マッピング」という、2つの視覚的手法を組み合わせた質的参加型研究です。対象は、キスムのインフォーマル居住区にある学校の7年生(日本の中学1年生に近い学年)から、convenience samplingという方法で募集され、「これ以上調べても新しい発見が出にくい」と判断される情報の飽和点(information power)に達するまで参加者が集められました。最終的に女子9名・男子9名、年齢12〜13歳の合計18名が参加し、うち9名は自宅で携帯電話を利用できる環境にあったとされています。参加者たちは自分の食環境を撮影し、157枚のオリジナル画像と17枚の地図を作成したうえで、研究者とのグループディスカッションやマッピング作業に加わりました。得られた画像と語りは、Drew & Guillemin の3段階の分析手法と、帰納と演繹を組み合わせた「アブダクティブ・リフレキシブ・テーマ分析」という方法で解釈されています。
分析の結果、大きく3つのテーマが浮かび上がったと報告されています。第一に、食の選択は「利便性」と「慣れ親しんだもの」に強く左右される一方で、青少年たちはそれ以外の新しいものにも関心を示していたということです。第二に、食べ物の多くは大人から与えられているものの、青少年たちは少しずつ自分自身で選ぶ経験を積み始めていることが示されました。第三に、青少年たちは食にまつわる「社会的なつながり」を大切にしており、家族の中での立場と、友人・仲間の中での立場という異なる「居場所」のあり方を行き来しながら過ごしている様子が描かれています。全体として、大人の生活リズムや提供する食事が今なお中心的な役割を果たしている一方で、青少年たちは自分で選べる瞬間に価値を見出し、より加工度の高い食品や仲間内で評価される食品にも好奇心を向けていることがうかがえたとされています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、ケニア・キスムの特定のインフォーマル居住区に通う18名という限られた人数を対象にした質的研究であり、統計的に多数の青少年を代表する結果ではありません。参加者は convenience sampling という方法で集められており、対象地域や学校、年齢層(12〜13歳)に特有の事情を反映している可能性がある点にも留意が必要です。また、健康への影響や病気の予防効果を直接検証したものではなく、あくまで青少年自身がどのように食環境や食の選択を経験し、語ったかを丹念に描き出した研究である点も押さえておきたいところです。一つの研究であり、ここから得られた知見がケニアや他地域の青少年全般に当てはまると結論づけられたわけではありません。
著者らは、こうした結果から、キスムの若い青少年たちが、金銭的な制約や物理的なアクセスのしやすさ、大人主導の生活リズムに縛られながらも、自分自身で選ぶことに誇りを感じ、より大きな影響力を持ちたいという関心を抱いている、早期の「移行期」にあると位置づけています。そのうえで、思春期の初期は、青少年が健康的な食の選択を自ら交渉していく力を育み、生涯にわたる食習慣に働きかけていくための、介入にとって重要な時期であると示唆しています。
まとめ
今回の研究は、ケニア・キスムの青少年18名の写真と語りを通じて、食の選択が「利便性・慣れ」「大人からの提供と芽生え始める自主性」「家族や仲間とのつながり」という3つの側面から成り立っている様子を描き出したものです。青少年自身の視点から食環境を理解しようとするこうしたアプローチは、今後の栄養教育や食環境づくりを考えるうえでの一つの手がかりになるといえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):「そこで昼食やその他欲しいものを買う」:ケニア・キスムにおける青少年の食選択と食環境に関する参加型写真法研究(ジャーナル・オブ・ヘルス・ポピュレーション・アンド・ニュートリション・2026年08月)
著者:Elisa Gobbo(Department of Global Public Health, Karolinska Institutet, Solna, Sweden)、Alice Achieng Ojwang(Department of Health and Biomedical Sciences, The Technical University of Kenya, Nairobi, Kenya)、Kristi Sidney Annerstedt(Department of Global Public Health, Karolinska Institutet, Solna, Sweden)、Joseph Ochieng Amoke(Department of Agriculture, Irrigation, Livestock, Fisheries, and Blue Economy, County Government of Kisumu, Kisumu, Kenya)、Loyce Joyce Anyango(Department of Health and Biomedical Sciences, The Technical University of Kenya, Nairobi, Kenya)、Sibylle Herzig van Wees(Department of Global Public Health, Karolinska Institutet, Tomtebodavägen 18, Solna, 171 65, Sweden)、Donvan Nunda(Department of Health and Biomedical Sciences, The Technical University of Kenya, Nairobi, Kenya)、Edward Ouko(Department of Agriculture, Irrigation, Livestock, Fisheries, and Blue Economy, County Government of Kisumu, Kisumu, Kenya)、Esther Oruko(Department of Agriculture, Irrigation, Livestock, Fisheries, and Blue Economy, County Government of Kisumu, Kisumu, Kenya)、Helle Mølsted Alvesson(Department of Global Public Health, Karolinska Institutet, Solna, Sweden)