スマートフォンひとつで好きな料理が自宅に届く「フードデリバリー」は、この十数年で世界中の都市生活に急速に浸透しました。従来、都市の食環境は「中心地システム」と呼ばれる考え方で説明されてきました。大きな繁華街や駅前には飲食店が集まり、郊外や周辺部にはそれほど多くの店がない、という階層的な分布です。徒歩や自転車で行ける範囲の店しか選べない時代には、住んでいる場所によって食の選択肢に差が生まれやすいという課題がありました。
では、オンラインフードデリバリーサービス(OFDS)はこうした地域間の食の格差を縮めてくれるのでしょうか。それとも、形を変えて格差を再生産してしまうのでしょうか。この問いに答えるため、中国・杭州市を対象とした研究が行われました。
研究でわかったこと
この研究では、徒歩圏内で利用できる飲食店の環境(W-FE:Walkable Food Environment)と、オンラインデリバリーで利用できる飲食店の環境(OFDS-FE:OFDS Food Environment)を比較する枠組みが作られました。比較の際には、「アクセスのしやすさ」「選べる店の多さ(利用可能性)」「価格の手頃さ」という3つの側面が用いられています。
具体的には、複数の情報源から集めたレストランのデータを数理的な手法(ハンガリアン法)で照合し、配達サービスがどこまで届くかを3段階のガウス距離減衰関数という手法でモデル化、さらに地域ごとの格差の大きさをジニ係数という指標で評価したとされています。使われたデータは、中国大手デリバリープラットフォームである美団(Meituan)の2024年12月・1か月分の情報です。
分析の結果、OFDS食環境は徒歩圏を超えて潜在的なアクセスの範囲を広げており、中価格帯・高価格帯の飲食店については相対的な手頃さも高まっていることが示されました。また、杭州市全体で見ると、OFDS食環境の方が徒歩圏の食環境よりも地域間の不平等を示す指標が低いという結果も得られています。
ただし、格差がすべて解消されたわけではなく、一部の郊外地域ではむしろ格差が広がっている傾向も見られたとされています。研究チームは、OFDSは中心地という枠組みそのものをなくしてしまうのではなく、もともと飲食店が集まっている「中心地」の影響力の届く範囲を広げ、いわば「デジタル版の中心サービス圏」を新たに作り出していると位置づけています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究の結果は、実際に人がどれだけ注文したかという消費行動のデータではなく、供給側から見た「利用できる可能性がどれだけあるか」をモデルで推定したものである点に注意が必要です。また、対象は単一のプラットフォーム(美団)、単一の月(2024年12月)の一時点のデータに基づいており、他の時期や他都市、他のデリバリーサービスでも同じ傾向が見られるとは限りません。杭州という一つの都市を対象にした一つの研究であり、この結果だけでフードデリバリーと食の格差の関係が確定したわけではない点をふまえて読むとよいでしょう。
まとめ
今回紹介した研究では、オンラインフードデリバリーサービスが都市の食環境における地域間の格差を、全体としてはやや縮める方向に働きつつも、完全になくすわけではなく、既存の飲食店が多い「中心地」の影響力を拡張する形で新たな地理的パターンを作り出している可能性が示唆されました。今後、都市計画において配達サービスの届く範囲を地域生活圏の設計に組み込むことの重要性を示す知見として位置づけられています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:オンラインフードデリバリーサービスが都市の食環境を再構築する:中国杭州市の事例(フーズ・2026年07月)