この研究は、イギリスの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Nutrients

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

運動ニューロン疾患(MND)は、体を動かす神経細胞が徐々に失われていく進行性の病気です。筋力の低下は手足だけでなく、飲み込みや呼吸にかかわる筋肉にも及びます。論文によれば、MNDのある人の16〜55%が低栄養の影響を受けると推定されています。嚥下障害や噛む力の低下、腕を動かしにくくなることで食事の量が減る一方、安静時のエネルギー消費が年齢・体重・性別から予測される値を上回る「代謝亢進」がしばしば生じ、栄養面の困難が重なると著者らは説明しています。

栄養状態の評価には、体重減少率やBMI、上腕周囲長といった身体計測が広く使われてきました。血液中の成分(アルブミン、プレアルブミン、トランスフェリン、クレアチニンなど)も手がかりになりますが、これらは全身の炎症があると本来の栄養状態とは関係なく数値が変動しうる点が難点です。さらに著者らは、既存研究の多くが血液検査を一時点でしか測っていないため、進行性の病気であるMNDの経過を追う指標として使えるかが不明のままだと指摘します。そこで本研究は、血清の生化学的指標を繰り返し測定し、病気の重症度・進行速度・体組成との関係を縦断的に評価することを目的としました。

何を、どのように調べたか

研究チームは英国シェフィールドのMND専門施設で、2021年10月から2022年8月にかけてMNDと診断された患者を募りました。単一施設での前向きコホート研究で、3か月ごとに最大4回(登録時、3か月後、6か月後、9か月後)の評価を行っています。24名が登録され、登録時点では22名が評価を完了し、そのうち19名から血液が採取されました。

評価項目は三種類に分かれます。病気の重症度はALSFRS-Rという機能評価尺度と、それを病期に対応させたキングス・カレッジ病期分類で測定しました。血液では、アルブミン、プレアルブミン、クレアチニン、レチノール結合タンパク、トランスフェリン、フェリチン、脂質(総コレステロール、HDL・LDLコレステロール、中性脂肪)などに加え、炎症の有無を調べるための項目(CRP、フィブリノゲンなど)を測定しています。体組成は、体重・身長・BMIのほか、上腕周囲長、上腕三頭筋部の皮下脂肪厚、ふくらはぎ周囲長を、同一の研究者が左右両側で計測しました。MNDでは筋肉の衰えが左右非対称に進みうるため、どちらか一方の低下も低栄養リスクの手がかりとみなしています。

低栄養の判定には、国際的な基準であるGLIM基準と、ESPEN(欧州臨床栄養代謝学会)の枠組みを本研究向けに修正した基準の二つを用い、両者を比較しました。なお著者らは、筋肉量をより正確に測る手法(超音波、生体電気インピーダンス、DXA)のほうが精密である一方、専用機器や訓練された人員を要し、体を動かしにくい患者や在宅での評価では実施が難しいため、本研究では身体計測と血液指標を用いたと述べています。

報告された主な結果

まず、炎症の有無が大きな論点となりました。登録時に測った炎症の指標のうち少なくとも一つが基準範囲を超えていた人は19名中9名(47.4%)で、最も多かったのはフィブリノゲンの上昇(19名中8名、42.1%)でした。炎症のある群ではBMIが高く、進行速度の指標とクレアチニンは低い傾向がみられたため、研究チームはこの9名を以降の栄養分析から除外し、炎症所見のない10名を中心に解析を進めています。

この10名では、血清クレアチニンが筋肉に関連する機能評価と結びついていました。手指の細かい動きに関する下位項目と正の相関を示し(r = 0.79)、発症前体重からの体重変化率とも正の相関がありました(r = 0.83)。縦断的には、登録時から3か月後にかけてクレアチニンの低下が認められています。ただし著者らは、MNDにおけるクレアチニンの低下は栄養不足だけを反映するものではないと明確に注意を促しています。神経の脱落による筋萎縮そのものでもクレアチニンは減るため、栄養状態が良好な人でも筋肉が失われれば値は下がります。したがってクレアチニンは「全身の筋肉量の減少を示す指標」として読むべきで、身体計測や食事摂取量のデータと組み合わせて解釈することが望ましいとしています。

脂質については、キングス・カレッジ病期分類と総コレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールなどが強い正の相関を示しました。縦断的には、登録時から9か月後にかけてHDLコレステロールの低下が観察されています。著者らは、MNDにおける脂質の変化は代謝ストレスや病気の進行と複雑に絡み合っており、脂質の各分画をひとまとめにせず個別に解釈する必要があると述べています。このほか、フェリチンはALSFRS-Rの球麻痺関連の下位項目と負の相関を示しましたが、その因果的な意味は不明のままだとしています。また、レチノール結合タンパクが10名中9名(90%)で基準範囲の上限を超えていました。この所見はMNDに関する過去の報告と一致せず、測定した分子の違いや検査法の差、少人数であることなどが関係しうるとして、再現の確認と測定法の統一が必要だと論じています。

低栄養の判定では、二つの基準が完全には一致しませんでした。修正版ESPEN基準では10名中1名(10%)が低栄養リスクと判定されたのに対し、GLIM基準では10名中2名(20%)が該当しました。GLIMが年齢に応じたBMIの閾値を用いることで、もう1名が拾い上げられた形です。さらに、血液検査上で低栄養を示唆する所見(トランスフェリンやクレアチニンの低値)がみられた人は10名中3名(30%)でした。

この研究が示すこと

著者らは、本研究を概念実証的なパイロット研究と位置づけ、限界をはっきり挙げています。厳格な炎症除外の後に残った人数が少ないこと、9か月間で22名から14名へと36.4%の脱落があったこと、単一施設での実施であること、そしてMNDの病型ごとの比較ができるだけの人数がなかったことです。したがって得られた相関は、この集団に特有のものである可能性があると述べています。

そのうえで研究チームが伝えているのは、BMIだけに頼る栄養評価では不十分だという点です。この研究では、BMIが正常範囲にとどまっている人でも、血液検査上は栄養状態の悪化を示す所見が見つかりました。日常診療で得られるクレアチニン、トランスフェリン、脂質分画を繰り返し測り、上腕周囲長や体重変化率といった身体計測と組み合わせる——そうした複合的なモニタリングへの移行を、著者らは提案しています。同時に、これらの血液指標は炎症の影響を受けるため、炎症の有無を確認したうえで読むことが欠かせないとしています。

著者:Sarah Roscoe(Division of Neuroscience, School of Medicine and Population Health, Sheffield Institute for Translational Neuroscience, University of Sheffield, Sheffield S10 2HQ, UK)、Scott P. Allen(Division of Neuroscience, School of Medicine and Population Health, Sheffield Institute for Translational Neuroscience, University of Sheffield, Sheffield S10 2HQ, UK)、Christopher J. McDermott(Division of Neuroscience, School of Medicine and Population Health, Sheffield Institute for Translational Neuroscience, University of Sheffield, Sheffield S10 2HQ, UK)、Theocharis Stavroulakis(Division of Neuroscience, School of Medicine and Population Health, Sheffield Institute for Translational Neuroscience, University of Sheffield, Sheffield S10 2HQ, UK)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sarah Roscoe, Scott P. Allen, Christopher J. McDermott, et al. Serum Biomarkers for Nutritional Monitoring in Motor Neuron Disease: A Longitudinal Cohort Study. Nutrients 2026-09-04. DOI: 10.3390/nu18172913. 原著ライセンス:CC BY.