著者の所属・活動拠点の国は、ニュージーランドです。
掲載誌:International Journal of Gastronomy and Food Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
レストランの内装やBGM、映像といった「食事の周りの環境」が、食べる量や満足感に影響するという指摘は以前からありました。今回紹介する研究は、食事中に見る映像の「雰囲気」が、心拍や発汗といった体の反応を介して、健康的な食品と高カロリーな食品のどちらを多く食べるかに関わっているかどうかを、実験的に調べたものです。研究はニュージーランドのオークランド工科大学(Auckland University of Technology)のセンター・フォー・フューチャー・フーズおよび心理学部の研究者らによって行われました。
どんな実験が行われたのか
実験には成人360人(男性185人、女性175人、平均年齢35.09歳)が参加し、6つの条件のいずれかにランダムに割り振られました。参加者は、混合野菜・ミニトマト・ギリシャヨーグルトといった「低カロリー密度」の食品と、ピザ・フライドポテト・アイスクリームといった「中カロリー密度」の食品を、好きなだけ食べる形式(アドリブイティング)で摂取しました。カロリー密度は1グラムあたりのカロリー量で客観的に区分されており、論文内では便宜的に前者を「健康的」、後者を「不健康」と表現しています。
参加者は食事中、無音の対照条件、または5種類の映像(湖クルーズ、ビーチの風景、プールパーティ、タイムズスクエアの街歩き、戦争避難所の映像)のいずれかを視聴しました。これらの映像は、穏やかで低刺激なものから、都会的な高刺激のもの、さらに強い不快感を伴うストレス的なものまで、感情的な性質が大きく異なるように選ばれています。体の反応は、皮膚電気活動(発汗の指標)、心電図から算出した心拍数、血液量脈波(末梢の血流の指標)を測定機器(NeXus-10 MK-II、BioTrace+ソフトウェア)で記録しました。また食後には、12種類の感情語(「興奮した」「くつろいだ」「不安」など)から当てはまるものを選ぶ方式で感情を評価し、空腹感・満腹感・満足感は0〜10の視覚的評価スケールで測定されました。
映像の種類によって体の反応と食べる量が変わった
結果として、戦争避難所の映像を見た条件では、無音や他の映像条件と比べて皮膚電気活動と心拍数が有意に高く、血液量脈波の振幅は低くなりました。これは食事開始前の映像視聴中に測定された反応で、食べ物そのものへの反応というより、映像そのものへの体の反応を反映していると考えられます。
食品の摂取量については、穏やかな湖クルーズの映像を見た参加者は、混合野菜・ギリシャヨーグルト・ミニトマトといった健康的な食品をより多く食べました。一方、戦争避難所の映像ではピザの摂取量が最も多く、プールパーティの映像ではフライドポテトとアイスクリームの摂取量が最も多くなりました。つまり、穏やかな映像は健康的な食品の摂取を後押しし、強い刺激を伴う映像(それがポジティブな興奮であってもネガティブな苦痛であっても)は高カロリー食品の摂取を後押しする傾向が見られたということです。
食後の感情についても違いが見られ、湖クルーズやビーチの映像では「くつろいだ」「気楽」といった落ち着いた感情との関連が強く、戦争避難所の映像では「気力がない」「不快」「不安」といった感情との関連が強く出ました。また空腹感の減少や満腹感・満足感の増加も映像条件によって差があり、湖クルーズやタイムズスクエアの映像では空腹感の低下や満腹感の増加が大きく、戦争避難所の映像ではその変化が最も小さいという結果でした。
体の反応を軸にしたモデルが示したもの
研究チームはさらに、心拍・発汗などの生理的な覚醒状態、感情、食品への好み、摂取量の間の関係を、ベイジアンネットワークという確率モデルを用いて解析しました。このモデルによると、強い生理的覚醒は「興奮」という感情を介して高カロリー食品への好みや摂取を高める経路(好みを介した経路)と、「苦痛」という感情から直接高カロリー食品の摂取を高める経路(ストレス食い的な経路)という、2つの異なる経路を通じて不健康な食品の摂取に関わっている可能性が示唆されました。特に「苦痛」の感情が生じた場合、好みの評価とは関係なく、高カロリー食品を多く摂取する確率が73%まで高まるという結果が得られています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、実験室内で映像を用いて感情や生理的覚醒を誘導した一回の実験であり、実際のレストランや家庭での食事環境にそのまま当てはまるかどうかは、著者ら自身も今後の検証が必要だとしています。また、映像ごとに画面内の動きの度合い(カメラワークやシーンの変化の大きさ)も異なっていましたが、これは独立した要因として操作されたものではなく、それぞれの映像が持つ性質の一部として扱われています。さらに、性別による摂取量や食品への評価の差も観察されており、女性参加者は男性参加者よりピザ・フライドポテト・アイスクリーム・ギリシャヨーグルトの摂取量が少なく、食品への評価も低い傾向が見られ、その差の大きさは映像条件によっても変動していました。研究チームは、穏やかで刺激の少ない食事環境が、生理的な覚醒を抑えることでより落ち着いた、健康的な食べ方を支える可能性があると述べていますが、これはあくまで今回の実験結果から導かれた仮説であり、実生活の場での直接的な検証が必要だとしています。
まとめ
この研究では、食事中に視聴する映像の感情的な性質が、心拍や発汗といった体の反応を介して、健康的な食品と高カロリー食品のどちらを多く食べるかに関連している可能性が示されました。穏やかな映像は健康的な食品の摂取や満足感の高まりと結びつき、強い刺激やストレスを伴う映像は高カロリー食品の摂取の増加と結びついていたということです。ただしこれは一つの実験室研究の結果であり、実際の飲食店や家庭環境でも同様の効果が見られるかどうかは、今後のさらなる検証が必要とされています。
著者:Phatharachanok Siangphloen(Centre for Future Foods, Auckland University of Technology, Private Bag 92006, Auckland 1142, New Zealand)、Daniel Shepherd(Department of Psychology, Auckland University of Technology, Private Bag 92006, Auckland 1142, New Zealand)、Kevin Kantono(Centre for Future Foods, Auckland University of Technology, Private Bag 92006, Auckland 1142, New Zealand)、Nazimah Hamid(Centre for Future Foods, Auckland University of Technology, Private Bag 92006, Auckland 1142, New Zealand)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Phatharachanok Siangphloen, Daniel Shepherd, Kevin Kantono, et al. Beyond the plate: How visual-affective environmental cues and physiological arousal drive food choice and sensory enjoyment in multisensory dining. インターナショナル・ジャーナル・オブ・ガストロノミー・アンド・フード・サイエンス (2026). DOI: 10.1016/j.ijgfs.2026.101608.