この研究は、トルクメニスタン、韓国、ハンガリーの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Applied Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
合成界面活性剤に代わるものを探して
食品や化粧品、医薬品の製造では、水と油のように本来混じり合わない成分を安定して混ぜ合わせるために「乳化剤」が使われます。水と油を細かく混ぜた液体をエマルションと呼び、油の粒を数百ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリ)という非常に細かいサイズにそろえたものをナノエマルションといいます。著者らは、ナノエマルションが油に溶けやすい成分の安定性や吸収のされやすさを高められるため注目されている一方、市販の乳化剤の多くは化学的に合成されたもので、混ぜる以外の働きは特に持たないと説明しています。
こうした背景から、研究チームは植物由来の乳化剤に関心を向けました。特に期待されているのが、サポニンを多く含む植物抽出物です。サポニンは植物に広く含まれる成分で、水になじみやすい糖の部分と、油になじみやすい部分が一つの分子の中でつながった構造を持ちます。この構造のおかげで水と油の境目に並びやすく、エマルションを安定させる働きがあると論文は述べています。
今回の研究が取り上げたのは、中央アジアに自生する多年草 Polygonatum sewerzowii(ナルコユリ属の一種)です。論文によれば、この植物の地下茎は伝統的に薬用や食用に用いられてきました。ナルコユリ属の植物にはステロイド系・トリテルペン系のサポニンやフラボノイド、多糖類などが含まれることが知られていますが、著者らは、この種の抽出物が乳化剤として使えるかどうかはこれまで調べられていなかったと指摘しています。そこで本研究は、精製していない粗抽出物のまま、水中油型ナノエマルションをつくれるかを評価することを目的としました。
何をどう調べたか
研究チームはトルクメニスタン南西部のコペトダグ山地で自生する株から地下茎を採取し、洗って40℃で乾燥させ、細かい粉末にしました。この粉末から、超音波をあてて成分を取り出す「超音波抽出」という方法で、85%のエタノール水溶液を使って抽出を行いました。得られた液は減圧濃縮と凍結乾燥を経て粉末状の抽出物(論文ではPSEと表記)になり、原料の乾燥重量に対する抽出物の収量は21.6%でした。
次に抽出物の成分組成を測定し、サポニン、フェノール性化合物、タンパク質、炭水化物、灰分(無機質)の量を調べています。あわせて、DPPH法という方法で抗酸化作用(活性酸素のような不安定な分子の働きを打ち消す力)も測定しました。
乳化剤としての性能は、まず「界面張力」で評価されました。これは水と油の境目にはたらく張力で、値が小さいほど両者が混ざりやすくなる指標です。著者らはひまわり油と水の境目での界面張力を、抽出物の濃度を0.1〜3%まで変えて測定しています。その後、1%の抽出物水溶液とひまわり油を混ぜ、高速ホモジナイザーで粗く乳化したうえで、100メガパスカルの高圧ホモジナイザーに4回通してナノエマルションを作製しました。できあがったエマルションについては、レーザー回折法と動的光散乱法という二つの異なる原理の測定を併用して、油粒の大きさとそのばらつきを確認しています。ばらつきの指標がPDI(多分散指数)で、値が小さいほど粒径がそろっていることを示します。さらに、粒子表面の電気的な帯電の強さを示すζ(ゼータ)電位も測定されました。保存安定性は、5℃と25℃で30日間置いた前後で各指標を比べ、目で見てわかる分離や凝集の有無も観察しています。
論文が報告した主な結果
抽出物の成分組成として、著者らはサポニン2.8%、フェノール性化合物11.2%、タンパク質13.1%、炭水化物62.5%、灰分6.2%という値を報告しています。抗酸化作用については濃度が高まるほど強くなり、40マイクログラム/ミリリットルの濃度で65.41%のラジカル消去率を示しました。ナノエマルションにした後も57.56%の消去率が残り、著者らは高圧ホモジナイズという強い機械的な処理を経ても抗酸化能の大部分が保たれたとしています。
界面張力は抽出物の濃度に応じて下がり、1%の濃度で12.30ミリニュートン/メートルという最小値に達しました。論文はこの値が、キラヤサポニンや高麗人参サポニンなど既報の植物由来乳化剤について報告されている値と同程度だと述べています。
作製されたナノエマルションは、油粒の平均直径(Z平均)が191.7ナノメートル、PDIが0.034でした。レーザー回折でも単一のピークを持つ狭い分布が確認され、粒径がよくそろっていたことが示されています。ζ電位は−26.7ミリボルトで、著者らは油粒同士が電気的に反発し合うことがコロイドとしての安定性に寄与していると説明しています。30日間の保存では、5℃では各指標の変化はわずかでした。25℃では粒径自体は比較的保たれたものの、PDIは上昇し、ζ電位の絶対値は低下、電気伝導度は大きく下がりました。ただしいずれの条件でも、目に見える相分離やクリーミング(油の層が浮き上がる現象)、大きな凝集は観察されなかったと報告されています。
比較のため、同じ条件で甘草(カンゾウ)根抽出物1%を使ったナノエマルションも作製されており、こちらは粒径224.3ナノメートル、PDI 0.169、ζ電位−36.8ミリボルトでした。また著者らは、既存の文献で報告されているTween-20(合成界面活性剤)やキラヤサポニン、茶サポニンなどの値と自分たちの結果を並べ、PSEのナノエマルションがこれらと同程度の範囲に入ることを示しています。
この研究が示すこと
著者らが特に注目しているのは、サポニンを精製せず粗抽出物のまま使っても、粒径のそろった安定なナノエマルションができたという点です。抽出物中のサポニンは2.8%にすぎないことから、彼らはサポニン単独の働きではなく、タンパク質やフェノール性化合物、多糖類といった複数の成分が水と油の境目でそれぞれ補い合うように作用している可能性を論じています。精製された市販乳化剤が単一種類の分子に依存しているのに対し、粗抽出物では複数の天然成分による多面的な安定化が期待できる、というのが著者らの見方です。
一方で論文は、確認されたのは30日間という短期の物理的安定性であり、より長期の安定性や安全性、生体適合性、用途ごとの性能については今後の検討が必要だと明記しています。タンパク質量の測定についても、タンパク質以外の窒素化合物が値に含まれうることが断られています。
こうした留保のうえで、この研究は、これまで乳化剤としては調べられていなかった中央アジアの薬用植物に界面活性の働きがあることを初めて体系的に示したものです。植物資源の中には、合成界面活性剤に代わりうる機能がまだ見つかっていないまま残されているものがある——著者らの報告は、そうした探索の余地を具体的な測定値で示しています。
著者:Dovletmyrat Porrykov(Department of Molecular Biology and Genetics, Oguz Han Engineering and Technology University, Ashgabat 744012, Turkmenistan)、Mahrijemal Annamyradova(Department of Molecular Biology and Genetics, Oguz Han Engineering and Technology University, Ashgabat 744012, Turkmenistan)、Dovran Shamamedov(Department of New Biology, Daegu Gyeongbuk Institute of Science and Technology (DGIST), Daegu 42988, Republic of Korea)、Eszter Virág(Institute of Food Science, Faculty of Agricultural and Food Science and Environmental Management, University of Debrecen, Böszörményi Str. 138, 4032 Debrecen, Hungary)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dovletmyrat Porrykov, Mahrijemal Annamyradova, Dovran Shamamedov, et al. Stable Oil-in-Water Nanoemulsions Stabilized by Polygonatum sewerzowii Extract: A Plant-Derived Alternative to Synthetic Surfactants. Applied Sciences 2026-09-17. DOI: 10.3390/app16189219. 原著ライセンス:CC BY.