この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:原料由来の微生物の役割を切り分ける

中国の蒸留酒・白酒(バイジウ)づくりでは、「大曲(ダーチュー)」と呼ばれるスターターが使われます。大曲は小麦を砕いて水を加え、ブロック状に固めて発酵させたもので、中にすむ多様な微生物とその酵素が、でんぷんの糖化やアルコール発酵、香りの形成に重要な役割を果たします。研究チームが扱ったのは、発酵中に中心温度が最高でおよそ60℃まで上がる「高温大曲」です。この高温によって熱に弱い微生物は抑えられ、熱に強い微生物が生き残りやすくなります。

大曲の微生物は、作業場の空気や器具など製造環境から来ると従来は考えられてきました。一方で、原料の小麦が持ち込む微生物も発酵初期の微生物集団の重要な供給源になりうると指摘されています。ただ、これまでの研究の多くは微生物の由来を推定する解析や相関に頼っており、小麦由来の微生物と周囲の環境由来の微生物の寄与を十分に区別できていませんでした。著者らは、小麦表面の微生物を減らした大曲と通常の大曲を直接比べることで、原料由来の微生物が微生物集団の移り変わりや香りの形成にどう関わるのかを確かめようとしました。

何を調べたか:表面を消毒した小麦との比較

研究チームは白酒メーカーから入手した小麦100キログラムを半分に分けました。一方は75%エタノールに15秒浸し、滅菌水で3回すすいだうえで紫外線を30分照射して表面の微生物を減らし(表面消毒区)、もう一方は処理せずにそのまま使いました(従来区)。両方を同じ高温大曲の製造条件で40日間発酵させ、0、10、20、40日目にそれぞれ4個のブロックを採取しました。

採取した試料について、細菌と真菌(カビや酵母の仲間)の遺伝子の一部を読み取って、どんな微生物がどれだけいるかを調べました。あわせて、試料から立ちのぼる揮発性の香り成分を分析しました。さらに、微生物集団の成り立ちが環境による選別のような「決定論的」な過程によるものか、偶然に左右される「確率論的」な過程によるものかを推定する解析や、微生物どうしのつながりを見るネットワーク解析、遺伝子情報からの機能予測、微生物と香り成分の相関解析も組み合わせました。

主な結果:微生物の顔ぶれと香りが大きく分かれた

両区の微生物集団は発酵を通じてはっきり異なる道筋をたどりました。従来区では、熱に強い放線菌の仲間であるサッカロポリスポラ(Saccharopolyspora)が増え、相対的な存在割合は20日目に36.21%、40日目に53.52%に達しました。表面消毒区では、この菌は発酵期間を通じて9%未満にとどまりました。代わりに表面消毒区では、ワイセラ(Weissella)やペディオコッカス(Pediococcus)といった、中程度の温度を好む乳酸菌が10日目から40日目まで多く残りました。真菌では、従来区で耐熱性のカビであるサーモアスカス(Thermoascus)が20日目に92.31%まで急増した一方、表面消毒区ではラサムソニア(Rasamsonia)やサッカロマイコプシス(Saccharomycopsis)、アスペルギルス(Aspergillus)など、より幅広い真菌が残りました。

著者らは、小麦由来の微生物がもたらす選択圧によって、とくに発酵の中盤から後半にかけて、従来区の微生物集団の成り立ちで決定論的な過程が目立つようになったと報告しています。また、真菌どうしの関係が競合から互いに有利に働く方向へ変わったことも示されました。ただし、決定論的な過程が強いことがそのまま大曲の品質の高さを意味するわけではない、と著者ら自身が注意を添えています。

香り成分は合計110種類が暫定的に同定されました。このうち、成分の量と人が感じ取れる最小濃度との関係から香りに寄与しうると見なされた成分が21種類、両区を区別する指標となる成分が25種類選び出されました。従来区を特徴づける成分としては、テトラメチルピラジン、ジメチルトリスルフィド、ベンズアルデヒド、イソ吉草酸、2-メトキシ-4-ビニルフェノールなどが挙げられています。一方、表面消毒区では、キノコや土のような香りをもつ1-オクテン-3-オール、2-オクタノン、フェニルエチルアルコールが主な特徴となりました。

香りへの寄与の推定では、従来区で発酵の中盤から後半にかけて、ベンズアルデヒドやフェニルアセトアルデヒド、グアイアコール、4-ビニルグアイアコール(2-メトキシ-4-ビニルフェノールの別名)、ジメチルトリスルフィドが高い寄与を示しました。著者らは、これらの成分が、焙煎したような香り、ソースのような香り、甘い花のような香りが重なった、伝統的な高温大曲らしい香りを構成するとしています。

機能予測と相関解析からは、小麦由来の微生物がアミラーゼ(でんぷん分解酵素)やアルコール脱水素酵素などが関わる基本的な代謝経路と正の相関を示すことが分かりました。また、サッカロポリスポラ、クタネオトリコスポロン(Cutaneotrichosporon)、特定のバチルス(Bacillus)が、特徴的な香り成分の生成に関わる二次代謝と正の相関を示しました。これらは遺伝子情報からの予測と相関にもとづく結果であり、直接の因果関係を示したものではありません。

研究が示すこと

この研究は、原料の小麦の表面にいる微生物を減らすだけで、高温大曲の微生物集団の移り変わりと香りの特徴が大きく変わることを、対照を置いた比較で示しました。大曲の微生物は製造環境から来るものだけでなく、原料が持ち込む微生物も、その後の微生物の顔ぶれや香りの方向性に関わっている可能性があります。著者らはこの成果が、原料由来の微生物の生態的な役割の理解を深め、伝統的な発酵食品における製造工程の改善や微生物集団の管理に向けた科学的な手がかりになるとしています。

著者:Ying Huang(School of Brewing Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Huan Guo(School of Food Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Hao Liu(School of Brewing Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Fang Wei(School of Brewing Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Hong Deng(School of Resources and Environment Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Hong Zhang(School of Food Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)、Li Jiang(School of Liquor and Food Engineering, Guizhou University, Guiyang 550025, China)、Yu Mu(School of Food Engineering, Moutai Institute, Renhuai 564507, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ying Huang, Huan Guo, Hao Liu, et al. Wheat-Surface Microbiota as a Key Driver of Daqu Quality: Evidence from Microbial Diversity and Volatile Flavor Analysis. Foods 2026-10-01. DOI: 10.3390/foods15193511. 原著ライセンス:CC BY.