この研究は、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gastronomy
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を知ろうとしたのか
著者らは、スーパーマーケット以外の流通経路である「オルタナティブ・フード・ネットワーク(AFN)」と、そこで事業を営む中小企業が、人々を食と、そして食を介して他者と結び直す役割を果たしうるのかを検討しました。あわせて、食に関わる文化的価値がどのように生まれるのかを問い、地域や国としての「食の文化」が、食に対する文化的価値を伴わないまま存在しうるのかという問いも立てています。
この問題設定の背景として論文は、地中海食と英国・米国型の食生活の違いに関する既存の議論を挙げています。英国では食事のエネルギー摂取の50%以上が超加工食品由来で、ギリシャでは約20%とされる報告を引きつつ、食をめぐる関係が取引的なものへ傾いているのではないかという懸念が示されます。地中海食の食文化についての実証研究はイタリアを対象としたものが多く、ギリシャ、とくに大都市以外を対象に食の文化的価値を扱った研究は乏しく、英国との比較はさらに少ない——著者らはこの空白を埋めることを自らの貢献としています。
どのように調べたのか
調査は2022年1月から3月にかけて、ギリシャのフティオティダ県と英国グロスターシャー州という二つの地域で行われました。半構造化インタビューを計19件実施し、内訳はギリシャ側7人(政府・地方政府の担当者、混合農家、牛乳協同組合、養豚生産者、漁業協同組合、野菜生産者)、英国側12人(食と農の団体や自治体の担当者、研究者、持続可能性団体、山羊肉生産者、飲食・小売事業者、地域共同キッチンの社会的企業、ファーマーズマーケット関係者、農場直売所など)です。対面、Zoom、電子メールでの回答という複数の形式がとられ、ギリシャでの聞き取りには母語話者の通訳が加わりました。
中心となった問いは二つで、「食の文化的価値」という言葉をどう理解しているか、その意識はその国や地域でどれほど強いか、そしてAFNが文化的規範の再交渉を促すとすれば食の中小企業はその中でどんな役割を担うのか、というものでした。回答は文字起こしののち、国内どうしの比較と二国間の比較という二つの水準で内容分析・コーディングを行い、反復的にテーマ分析が加えられました。著者ら自身は、この研究が探索的・スコーピング的な性格をもつこと、対象地域が小さく両国全体を代表するものではないこと、意図的かつ小規模な標本であることを限界として明記しています。
論文は、読者に必要な用語をいくつか説明しています。「コメンサリティ(共食)」は、食を囲んで人が集まること、たとえば食べ物を分け合い一緒に食事をする実践を指します。「フードウェイズ」は、日々の食に結びついた慣習・態度・信念・行動の総体を表す言葉として用いられています。
聞き取りから見えたこと
ギリシャの回答者たちは、日常的な食との関わりにおいても、季節の行事においても、強い国民的な食の文化を挙げました。食は人が顔を合わせて結びつくための媒体であり、「話すために食べに行く」と語られるように、共食と和やかな会食が中心にあります。家庭での昼食や、毎週日曜の世代をまたぐ集まりが続いていることが語られ、そこでは世代間の結びつきそのものだけでなく、良い素材の選び方や調理の知恵といった知識の伝達も食の文化の一部を成すと説明されました。一方で、とくに都市部では新しい働き方によって在宅の昼食が難しくなるなどの変化も報告されています。
英国については、国民的な食の文化は強いとも、特定の季節行事を超えて容易に見分けられるものとも受け取られていませんでした。かつての結びつきのある関係から取引的な関係へ移ってきたとの見方が示され、その理由として長い労働時間、家族と離れて暮らす移動性の高さ、時間の使い方の優先順位、価格の受け止め方、調理技術の不足などが挙げられました。クリスマスや日曜の昼食、アフタヌーンティーといった機会や伝統には食の文化が見いだされる一方、一緒に食卓に着かない生活への移行が共食の面で否定的に働くと語られています。ただし回答は一様ではなく、食の文化や食の分かち合いが失われたと語る人と、現代的な形で育ってきていると考える人はほぼ同数でした。ファーマーズマーケットは、世代の異なる人々が食を囲んで集まり、買うこと自体が社会的な営みになる場、食の文化の重要な拠点として挙げられています。なお、ある研究者の回答者は、地中海と英国を分かつ主因を分かち合いや会食性に求める見方は二分法として単純にすぎると述べ、社会的孤立や地域生活の変動を含むより複合的な事柄だと指摘しました。
「食の文化的価値」という言葉については、英国の回答者は強い理解を示しませんでした。土台となる分かりやすい食の文化が乏しいことが、食が十分に価値づけられない理由として挙げられ、大陸ヨーロッパの他地域より「弱い」と語られています。それでも、食が「社会的な接着剤」と表現されたり、食を囲んで集まり、買い、食べ、分かち合うことが食との長期的なつながりを生むという語りは見られました。生産物を大切に扱う生産者や供給者、知識を手渡す売り手の存在を通じて、事業そのものが食への見方を変え、場所の感覚や結びつきをつくり出している——回答者たちはAFNの小規模事業者にそうした役割を認めています。著者らはこの聞き取りから、国民的な食の文化と個人の水準で認識される食の文化的価値は、英国よりギリシャにおいてより見分けやすく、より重なり合っていたと報告しました。
この研究が示す意味
著者らがとりわけ重要だと述べるのは、「食の文化」と「食の文化的価値」が概念として区別されるという点です。両者は重なることもありますが、別個の特徴をもちます。そして、これまでの研究や政策が不健康な食生活そのものへの対処に集中してきた一方で、地域や家族における共食と和やかな会食が食との健やかな関係を育てるうえで果たす役割は、十分に語られず、十分に研究されてこなかったと指摘します。
論文は、現代の英国の食習慣が地中海食と比べて抱える健康上の課題を踏まえ、食の文化的価値が感じられる状況を、とりわけ共食を通じて後押しすることは食生活の改善につながりうると述べ、AFNがそうした取り組みを支えうると位置づけています。食の文化的価値を感じ取ることは、食そのものとの、食を提供する人々との、そして自分をとりまく地域との健やかな関係の一部である——著者らは、この知見が個人、産業、政策のそれぞれに関わる含意をもつとしています。
著者:Sophia Lingham-Tsiaparas(Department of Agriculture, Royal Agricultural University, Stroud Road, Cirencester GL7 6JS, UK)、Damian Maye(Countryside and Community Research Institute, University of Gloucestershire, Francis Close Hall Campus, Swindon Road, Cheltenham GL50 4AZ, UK)、Louise Manning(The Lincoln Institute of Agri-Food Technology, University of Lincoln, Lincoln LN2 2DP, UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sophia Lingham-Tsiaparas, Damian Maye, Louise Manning. Food Culture or Cultural Value: Exploring the Different Concepts in Greece and the United Kingdom. Gastronomy 2026-08-27. DOI: 10.3390/gastronomy4030018. 原著ライセンス:CC BY.