口の中にできる「口腔扁平上皮癌」の手術を受けた患者さんは、術後に体重が減ったり、体力や免疫力の指標が下がったりすることが少なくありません。こうした術後の栄養状態の悪化は、回復の遅れや今後の見通しに関わる可能性があるため、臨床の現場では大きな関心事となっています。今回紹介するのは、この術後の栄養状態の低下に対して、日本の伝統的な漢方薬である「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」がどのように関わるのかを調べた研究です。
研究チームが注目したのは「予後栄養指数(PNI)」と呼ばれる指標です。これは血液中のアルブミン(たんぱく質の一種)の量と、リンパ球(免疫に関わる細胞)の総数から計算されるもので、口腔扁平上皮癌の患者さんの予後と関連することが知られています。人参養栄湯は、食欲を高める作用や、免疫の働きを調整する作用が報告されている漢方薬です。そこで研究チームは、手術の前後にこの漢方薬を投与することで、術後のPNIの低下が和らぐかどうかを検討しました。
研究でわかったこと
この研究は鹿児島大学病院で行われた、単一施設・非盲検(患者も医師も薬の内容を知っている状態)・単群(比較対照群を置かない)の介入試験です。日本の臨床試験登録システムにも登録されています。根治手術を予定している口腔扁平上皮癌の患者さんに対して、手術前の期間から術後8週目まで、人参養栄湯を1日7.5g投与しました。
主な評価項目は、治療開始時から術後8週目までのPNIの変化量で、あらかじめ設定された「歴史的な閾値(比較の基準となる過去のデータに基づく値、マイナス4.95)」と比較する形で検証されました。試験を最後まで完了した19人の患者さんを対象に解析した結果、術後8週目におけるPNIの平均変化量はマイナス2.576(95%信頼区間:マイナス4.743からマイナス0.410)となり、この値はあらかじめ設定された歴史的閾値よりも統計的に良好であったと報告されています(p=0.0335)。
また、体重や一部の炎症に関わる指標といった副次的な評価項目についても記述的に検討されており、経過観察の中で緩やかな回復と矛盾しない推移が見られたとされています。安全性の面では、グレード3以上の治療関連の有害事象や重篤な有害事象は認められなかったと報告されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、比較対照群を置かない単群試験であり、過去のデータに基づく「歴史的閾値」との比較によって評価されている点に注意が必要です。論文の著者ら自身も、こうした単群デザインである以上、結果の解釈には慎重さが必要であり、今後は対照群を設けた比較試験によって確認していく必要があると述べています。つまり、この研究だけで人参養栄湯の効果が確定したわけではなく、あくまで一つの研究結果として位置づけられるものです。
また、対象となった患者数も19人と限られており、体重や炎症指標に関する結果は探索的な位置づけで報告されています。今後、より大規模で対照群を伴う臨床試験によって、実際の臨床的な有用性や長期的な効果が検証されることが期待されます。
まとめ
今回紹介した研究では、口腔扁平上皮癌の手術を受ける患者さんに、周術期に人参養栄湯を投与したところ、術後8週間の時点でのPNI(予後栄養指数)の低下が、あらかじめ設定された基準と比べて抑えられていたことが報告されました。また、重い有害事象も見られず、周術期に使用する上での忍容性も示唆されています。ただし、この研究は比較対照群を置かない単群試験であり、結論を確定づけるものではありません。今後、対照群を伴う臨床試験によってさらに検証が進むことが期待される分野といえるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:人参養栄湯は口腔扁平上皮癌患者における術後予後栄養指数の低下抑制と関連する:単施設・非盲検・単群試験(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)