著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in Oncology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
国ごとの大きな差は何を映しているのか
甲状腺がんは、ホルモンをつくる臓器にできるがんの中で世界的に最も多いものです。論文によると、2022年には世界で約82万人が新たに診断され、年齢構成の違いをそろえた罹患率は過去30年ほど年3〜4%のペースで上昇してきました。国による差も大きく、10万人あたり1人未満の地域がある一方、25〜30人を超える国もあります。
この差の一部は、超音波検査の普及などで小さながんが見つかりやすくなったこと、つまり「見つけ方」の違いで説明できると考えられています。ただし、検査の受けやすさが同程度の国の間でも差は残るため、食事などの環境要因も関わっている可能性があります。ヨウ素は甲状腺の働きに欠かせない栄養素ですが、ヨウ素の摂取とがんとの関係を調べた過去の研究は結果が一致していません。
研究チームは、世界の国々の食料供給と社会経済の状況から甲状腺がんの罹患率をどこまで予測できるか、また国の発展度などの影響を差し引いても残る食事との関連があるかを調べました。
163か国のデータを機械学習と統計解析で分析
著者らは、国際がん研究機関の推計(2022年)による甲状腺がん罹患率、国連食糧農業機関の食料需給データ(113品目、主に2015〜2019年の平均)、国連開発計画の人間開発指数(寿命・教育・所得から国の発展度を表す指標)、世界保健機関の肥満率を組み合わせ、163か国を分析しました。主に調べたのは、年齢構成の違いを補正した罹患率です。
この研究は「生態学的研究」と呼ばれる方法で、個人ではなく国を単位として比べています。食料データも、一人ひとりが実際に食べた量ではなく、国全体で1人あたりどれだけの食料が供給されているかを示すものです。
予測には13種類の機械学習モデルを用い、モデル作りに使わなかった国で予測の当たり具合を確かめる「交差検証」を入れ子状に重ねて、性能を過大評価しないよう工夫しました。さらに、発展度などの影響を統計的に取り除いた上での関連(偏相関)を調べ、多数の項目を同時に検定することで偶然の結果が紛れ込まないよう補正しました。ヨウ素については、魚介類・乳製品・卵の供給量からつくった「ヨウ素の多い食品の供給指数」を用いていますが、これは実際のヨウ素摂取量を測ったものではありません。
予測を支えたのは食事より発展度だった
最も成績のよかったモデルは、国ごとの罹患率のばらつきのおよそ6割(決定係数0.613)を説明しました。しかし、発展度に関する9つの変数だけでもほぼ同じ0.609に達したのに対し、140の食事関連変数だけでは0.284にとどまりました。発展度の変数に食事の変数を加えても、予測精度ははっきりとは向上しませんでした。予測の力は主に社会経済的な要因から来ていたことになります。
一方、発展度や肥満率、地域などの影響を差し引いて複数検定の補正をした後も、魚介類の供給量、乳製品の供給量、ヨウ素の多い食品の供給指数、動物性と植物性たんぱく質の比、貝類は、罹患率と正の関連を保っていました(関連の強さを示す値はおおむね0.2前後)。研究前には植物性たんぱく質が罹患率と逆向きに関連すると予想されていましたが、補正後には関連は認められませんでした。
指数の作り方を変えた追加解析では、関連は主に魚介類と乳製品によるもので、卵ではみられませんでした。重み付けの方法を変えても結果はほぼ安定し、動物性たんぱく質の総供給量を考慮しても関連は残りました。ヨウ素の少ない動物性食品で同様の指数をつくった場合には、統計的に意味のある関連は再現されませんでした。
また、魚介類と罹患率の相関のうち約半分(50.2%)は、国の発展度を経由する経路に対応すると推定されました。補助的に行った死亡率の解析では、死亡率と罹患率の比と発展度や魚介類との関連はほぼゼロでした。著者らは、これが国ごとの罹患率の差に検査や発見のされ方の違いが大きく関わっていることと矛盾しない結果だとしています。
見えてきたことと、その範囲
この研究は、国ごとの甲状腺がん罹患率の違いの多くが国の発展度と結びついている一方で、ヨウ素を多く含む食品群、とくに魚介類や乳製品の供給量との関連が、発展度などを考慮した後も一定程度残ることを示しました。
著者らは、これらはあくまで国単位で見た食料供給との関連であり、個人のヨウ素摂取量との関係を示したものでも、原因と結果の関係を証明したものでもないと強調しています。今回の結果は、実際のヨウ素状態を測定した個人単位の研究で確かめるべき仮説を示すものと位置づけられています。
著者:Yixing Li(The First College of Clinical Medical Science, China Three Gorges University; Yichang Central People's Hospital)、Dehui Liu(The First College of Clinical Medical Science, China Three Gorges University; Yichang Central People's Hospital)、Ruixue Qin(The First College of Clinical Medical Science, China Three Gorges University; Yichang Central People's Hospital)、Xingchang Li(The First College of Clinical Medical Science, China Three Gorges University; Yichang Central People's Hospital)、Mei Li(Department of Oncology, Yiling Hospital of Yichang, Yichang, Hubei, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yixing Li, Dehui Liu, Ruixue Qin, et al. Global thyroid cancer incidence in relation to dietary and socioeconomic factors: an ecological machine learning study. Frontiers in Oncology 2026-10-16. DOI: 10.3389/fonc.2026.1842508. 原著ライセンス:CC BY.