この研究は、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:World Journal of Microbiology and Biotechnology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:天然の保存成分を「壊れにくく」する
食品の廃棄は現代社会の大きな課題であり、その一因が微生物による腐敗です。論文の著者らは、合成の化学保存料に対する消費者の不安が高まるなかで、代わりとなる天然素材が求められている状況を出発点としています。候補として注目されているのが精油(エッセンシャルオイル)で、植物から得られる香りの成分を多く含み、抗菌作用や抗酸化作用を持つことが知られています。
ただし精油には弱点があると著者らは説明します。酸素・光・温度の影響を受けやすく分解しやすいこと、香りや風味が強すぎて食品の味を変えてしまう場合があることです。そこで有効とされるのが「カプセル化」、つまり精油を小さな容器の中に閉じ込めて外界から隔てる手法です。研究チームが担い手として選んだのが、パンやビールの製造でおなじみのパン酵母(サッカロミセス・セレビシエ)の細胞でした。酵母の細胞膜はリン脂質でできていて油にも水にもなじむ成分を包み込めること、細胞壁が網目状で物質を通しやすいこと、安価で入手しやすく、多くの株が食品用として安全と認められていることが理由として挙げられています。
著者らは文献を調べたうえで、シナモン・タイム・オレガノの精油を酵母に封入してハムなどの食肉製品の保存に用いた例はまだ報告されていない、と研究の隙間を指摘します。そして「酵母の中に封入すれば精油は分解から守られ、同じ量の封入していない精油よりも高い保存効果を示すはずだ」という仮説を立て、検証に取り組みました。
何を調べたか:精油の選抜からハムでの試験まで
研究はいくつかの段階を追って進められました。まず、アンジェリカ根、クローブ、シナモンの葉、ショウガ、レモングラス、オレガノ、ローズマリー、セージ、タイムという9種類の精油について、寒天平板に微生物を一面に広げ、くぼみに精油を入れて菌が生えない範囲(阻止円)の大きさを測る方法で抗菌力を比べました。対象は大腸菌とエンテロコッカス・フェシウムという2種類の細菌、およびクロカビなど2種類のカビです。
次に、選んだ精油の密度を測って体積ではなく質量で扱えるようにし、ガスクロマトグラフィー質量分析という手法で、それぞれの精油にどんな成分がどれだけ含まれるかを調べました。並行して、酵母へ精油を取り込ませる条件の検討が行われました。酵母は二通り用意されています。何も処理していない細胞と、「自己消化」と呼ばれる処理(pH5.5前後、約52℃で24時間かけて細胞内部を空洞化させ、精油を溜める余地をつくる操作)を施した細胞です。封入の温度も37℃、45℃、62℃で比較し、電子顕微鏡で細胞の形が保たれているか、培養して細胞が生きているか、そして油がどれだけ取り込まれたかを見ています。
最後に、実際の食品での効果を確かめる段階として、保存料無添加の生ハム(非加熱・非塩漬)を4×4センチに切り分けて大腸菌を表面に接種し、封入した精油と封入していない精油をそれぞれ処理したうえで、真空包装の有無を分けて6日間保存しました。大腸菌は食肉の衛生状態を示す指標であり、食中毒の原因としても一般的であるため選ばれたと著者らは述べています。毎日ハムを取り出して菌数を数え、あわせて色・水分活性(食品中で微生物が使える水の量の指標)・かたさといった品質も測定しています。
報告された主な結果
抗菌力の比較では、オレガノとタイムの精油が細菌にもカビにも幅広く効くと報告されました。オレガノはエンテロコッカス・フェシウムに対して54.47ミリメートル、クロカビに対して61.6ミリメートルという最も大きな阻止円をつくり、大腸菌に対しても40ミリメートルの強い作用を示しました。タイムもエンテロコッカス・フェシウム(52.46ミリメートル)やクロカビ(51.24ミリメートル)に対して同様に高い効果を示しています。シナモンの葉の精油はとくにカビに対する作用が目立ちました。一方、セージの精油はどの菌にも作用が検出されませんでした。著者らはシナモン・オレガノ・タイムを次の段階へ進め、比較のためにほとんど作用を示さなかったローズマリーもあわせて用いています。
成分分析では、それぞれの精油を特徴づける主成分が確認されました。全体に占める割合で見ると、シナモンではオイゲノールが50.3%、オレガノではカルバクロールが61.9%、タイムではチモールが30.8%、ローズマリーではカンファーが15.6%を占めていました。タイムとローズマリーで主成分の割合が低いのは、ほかのモノテルペン類などが多く含まれるためだと説明されています。
封入の温度については、37℃と45℃では酵母が生きたまま残り、細胞の形も保たれたのに対し、62℃では生きた細胞が見られず、電子顕微鏡でも細胞の崩壊や断片化が観察されました。油の取り込み量は45℃で最も多く、62℃では大きく減っています。なお著者らは、死んだ酵母でも空の殻として運び手になりうるので、細胞が生きていること自体はカプセル化の必須条件ではないと断っています。そのうえで、将来的に食肉の熟成や発酵の工程で生きた酵母が使えれば有利だという理由もあり、45℃を以後の条件として選びました。
精油が本当に細胞の中に入っているかは、光の吸収を測る分析で確かめられました。封入していない精油は200〜290ナノメートルの範囲で強く光を吸収しますが、自己消化処理した酵母に封入したシナモン・オレガノ・タイムでは、この吸収がもとの8割から9割以上減っていました。溶液中に油が残っていない、つまり細胞の中に取り込まれたことを示す結果です。ローズマリーはこの減り方が最も小さく、封入効率も最低でした。さらに、封入した酵母を超音波で壊すと吸収が元の水準近くまで戻ったことから、油が分解して失われたのではなく、物理的に細胞内に閉じ込められていたと著者らは結論づけています。
封入効率(酵母100ミリグラムあたりに保持された精油の量)では、自己消化処理の効果が精油によって分かれました。タイムは3.95ミリグラムから6.51ミリグラムへ(65%の向上)、ローズマリーは11.21ミリグラムから20.96ミリグラムへ(87%の向上)、オレガノは29.18ミリグラムから36.39ミリグラムへ(24%の向上)と、処理によって保持量が増えました。一方シナモンだけは逆で、処理していない細胞のほうが多く(48.99ミリグラム対40.82ミリグラム)、処理により17%減少しています。
この研究が示すこと
著者らが取り組んだのは、「効くけれども扱いにくい」天然の抗菌成分を、身近で安全性の確立した酵母という器に収めるという発想です。報告された結果は、精油が確かに酵母の細胞内に物理的に閉じ込められること、そして自己消化という前処理が保持量を高める場合があること、ただしその効き方は精油の種類によって一様ではないことを示しています。シナモンだけが処理で減ったという結果は、成分の性質と酵母の構造の相性という、まだ単純には割り切れない要素があることをうかがわせます。
調理でも保存でも使われてきた酵母と植物の香り成分という古くからある素材が、組み合わせ方を変えることで食品保存の課題に向き合う手立てになりうる——この研究は、その可能性を実験室での検証として積み上げた一歩だといえます。
著者:Behnaz Azimzadeh(School of Agri-Food Technology and Manufacturing, University of Lincoln, Holbeach, PE12 7FJ, UK)、Muiz O. Akinyemi(Leeds Institute of Health Sciences, University of Leeds, Leeds, LS2 9LN, UK. [email protected])、Bukola A. Onarinde(School of Agri-Food Technology and Manufacturing, University of Lincoln, Holbeach, PE12 7FJ, UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Behnaz Azimzadeh, Muiz O. Akinyemi, Bukola A. Onarinde. Enhancing meat preservation with eco-friendly, antibiotic-free yeast-encapsulated essential oils. World Journal of Microbiology and Biotechnology 2026-08-27. DOI: 10.1007/s11274-026-05213-4. 原著ライセンス:CC BY.