この研究は、ブラジル、オーストラリア、インド、アラブ首長国連邦の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Additives & Contaminants Part A
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
ソルビン酸や亜硝酸塩、EDTA、合成の酸化防止剤——これらはいずれも食品の腐敗を防いだり、色や風味を保ったりするために広く使われている食品保存料です。私たちは日々の食事を通じてこうした添加物の「食品としての安全性」を気にしますが、では使われた保存料が排水や生ごみとして環境中に出たあと、どこへ行き、どう変化していくのかは、あまり注目されてきませんでした。今回紹介する論文は、この「保存料の環境中での行方」について、これまでの研究知見を整理した構造化ナラティブレビューです。
研究でわかったこと
この論文では、弱酸系の抗菌剤、亜硝酸塩・硝酸塩を使った発色・保存システム、亜硫酸塩、合成フェノール系の酸化防止剤、EDTAなどのキレート剤、バクテリオシンやポリエンといった微生物由来の保存物質、さらに植物由来の抗菌・酸化防止成分など、主要な保存料のクラスごとに、環境への曝露経路、動態(環境中でどう移動・分解するか)、変換によって生じる副産物、そして生態系への潜在的な影響に関する既存の知見がまとめられています。
報告によれば、こうした保存料は食品加工工場の排水、家庭からの廃棄、下水処理の過程、捨てられた食品、埋立地からのしみ出し水、堆肥やバイオガス残渣、下水汚泥やそれを農地に還元したバイオソリッドなど、多様な経路を通じて環境中に入り込む可能性があるとされています。また、保存料を含んだ包装材やコーティングからの残留物も曝露源となりうると述べられています。
興味深い指摘として、下水処理は保存料を一律に除去できていないわけではなく、その効果は保存料の種類によって大きく異なる(除去のされやすさ、変化のしかた、水と汚泥のどちらに移りやすいかが物質ごとに違う)とされています。弱酸類、亜硫酸塩、ペプチド系の保存料、そして多くの植物由来の化合物は、比較的速やかに分解されたり変化したりする傾向がある一方、排出量が多い場合や、他の物質に守られて分解されにくい状態にある場合には、局所的な曝露や変換生成物にも注意が必要だとされています。
これに対して、合成フェノール系の酸化防止剤、EDTAや一部の金属とEDTAが結合した複合体、パラベン類が変化してできる生成物、そして下水汚泥に取り込まれた残留物については、環境中での残留性、固体(土壌や汚泥)への移りやすさ、金属と結びついた状態での移動性、バイオソリッドを通じた土壌への移行、変換によって新たな物質が生じる可能性などの観点から、より注意深い環境評価が必要だと論文は指摘しています。
さらにこのレビューは、「天然」「オーガニック」「クリーンラベル」といった表示は、その物質が環境に対して安全であることを意味するものではないと強調しています。環境影響の評価は、こうしたラベルではなく、実際に測定された存在量、現実的な曝露シナリオ、分解の経路や生成物、汚泥・バイオソリッドへの分配、土壌や堆積物中での挙動、植物への取り込み、そして生態毒性に関する評価指標といった、実証的なデータに基づいて行われるべきだと論文は主張しています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この論文は新たな実験データを生み出したものではなく、既存の研究知見を体系的に整理し、統合した「ナラティブレビュー」である点に注意が必要です。つまり、特定の保存料が環境や健康に悪影響を及ぼすと断定するものではなく、保存料のクラスごとに知見の蓄積状況や、今後注視すべきポイントを整理したものと理解するのが適切です。また、今後の研究の方向性として、変換生成物を意識した環境モニタリングや、保存料の種類ごとのリスク評価を優先すべきだと述べられており、裏を返せばこうした知見はまだ発展途上であることがうかがえます。
まとめ
食品保存料は、食の安全や食品ロス削減に役立つ一方で、使用後に排水や廃棄物として環境中に流れ出た際の挙動は、物質ごとに大きく異なることがこのレビューから示唆されています。弱酸類や植物由来成分は比較的分解されやすいとされる一方、合成フェノール系酸化防止剤やEDTA、パラベン系の変換生成物などは、環境中での残留や移行性について今後も注意深く見ていく必要があるとされています。「天然由来だから環境にもやさしい」とは限らないという指摘も、私たちが食品添加物について考えるうえで示唆に富む視点と言えるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):食品保存料の環境中における曝露、動態、影響(フード・アディティブス・アンド・コンタミナンツ パートA・2026年08月)
著者:Hugo M. Lisboa(Food Engineering Department, Federal University of Campina Grande (UFCG) Campina Grande)、Shiv Bolan(The UWA Institute of Agriculture, The University of Western Australia)、Himporna Nath(School of Agriculture, Shoolini University of Biotechnology and Management Sciences)、Janaina Lima(Food Engineering Department, Federal University of Campina Grande (UFCG) Campina Grande)、Matheus Augusto de Bittencourt Pasquali(Food Engineering Department, Federal University of Campina Grande (UFCG) Campina Grande)、Pau Loke Show(Department of Chemical & Petroleum Engineering, Khalifa University)、Doris Ying Ying Tang(Food Security and Technology Center, Khalifa University)、Santanu Mukherjee(Department of Environmental and Civil Engineering, Faculty of Engineering, Toyama Prefectural University)、M Jagadesh(Soils Department, Tocklai Tea Research Institute)、Nanthi Bolan(The UWA Institute of Agriculture, The University of Western Australia)