この研究は、タイ、スペインの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plants (Basel, Switzerland)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の狙い:植物成分の「取り出しにくさ」を発酵で補う

男性型脱毛症(AGA)は世界的に増えている一方で、治療の選択肢は長く大きく変わっていないと著者らは指摘します。フィナステリドやデュタステリドは性機能や内分泌への副作用が知られ、服用を続けにくい人がいます。ミノキシジルは使用をやめると効果が戻りやすく、毛包が縮んでいく背景にある炎症や酸化のダメージには働きかけません。こうした事情から植物由来で複数の経路に働く素材への関心が続いていますが、論文は別の壁を挙げます。植物の抽出物は、含まれる成分の豊かさよりも、その成分が体で使える形で取り出せるかどうかで効果の上限が決まりやすいのです。

そこで注目されるのが微生物による発酵です。微生物は植物自身が持たない酵素を供給し、糖や酸とくっついた形で閉じ込められていたポリフェノールやテルペノイドを切り離します。同時に、発酵前の材料にはまったく存在しない有機酸やペプチド、細胞外多糖といった成分も新たに生み出します。研究チームは以前の研究で、酵母(サッカロミセス・セレビシエ)と乳酸菌(ラクトバチルス・プランタルム)の2種を使ったコーヒー果肉の発酵が、AGAに関わる生物活性を高めたと報告していました。本研究ではこれに、固体発酵でポリフェノールの回収や抗酸化力を高めると報告されている糸状菌のアスペルギルス・ニガーを3種目として加え、ニーム(インドセンダン)の葉に適用しました。

ニームを選んだ理由も論文に明記されています。東南アジア本土やタイに広く定着し、家庭の野菜として日常的に食べられ、薬用植物としても文化に根づいた樹木です。アザジラクチンやニンボリド、ケルセチン、没食子酸、カテキン類を含み、抗酸化作用と抗炎症作用がすでによく記録されています。この2つの働きはAGAで毛包が縮んでいく仕組みと交わる点があるため、発酵によって成分が使いやすくなった効果を見分けやすい素材だと著者らは考えました。なお、2種培養でニームを発酵させた条件は今回の実験に含まれていないため、アスペルギルス・ニガーを加えたことだけの上乗せ分は、この設計では判定できないと論文は明示しています。

何を、どう調べたか

研究チームは、3種を1対1対1で混ぜた培養液でニームの葉を7日間発酵させた抽出物(TRI-NE)と、発酵させていない抽出物(UN-NE)を用意し、どちらも95%エタノールを用いた超音波抽出で取り出して比べました。抽出の収率はUN-NEが9.74〜10.56%、TRI-NEが9.58〜10.42%と、ほぼ同じ範囲でした。

調べ方は大きく2本立てです。ひとつは成分の変化で、総ポリフェノール量(TPC)、DPPH・ABTS・FRAPという3種の抗酸化能の測定、HPLCによる個々のポリフェノールの定量、そして狙いを定めない網羅的な代謝物プロファイリング(アンターゲット・メタボロミクス)を行いました。もうひとつは細胞を使った働きの評価です。毛包の根元にあり毛の成長を左右するヒト毛包毛乳頭細胞(HFDPC)を中心に、その周囲の線維芽細胞、マクロファージ、そして5α還元酵素を多く持つ前立腺由来のDU-145細胞を、それぞれ別の役割のために使い分けました。評価項目は、細胞の生存と増殖、毛乳頭細胞から線維芽細胞へ伝わる分泌因子を介したやりとり(パラクリン伝達)、ATP感受性カリウムチャネルに関わる細胞保護、炎症物質である一酸化窒素(NO)の産生、細胞内の活性酸素と脂質の酸化、そして脱毛と毛の成長に関わる遺伝子の発現です。

毒性の確認は国際規格ISO 10993-5に沿って行われ、生存率80%以上を非細胞毒性の基準としました。その結果、すべての細胞種と両抽出物で安全だった最も高い濃度は0.0625 mg/mLで、以降のすべての試験はこの濃度で揃えられました。発酵の前後で毒性の上限は変わらなかったため、後に見られる働きの差は安全性の違いではなく成分の違いを反映していると著者らは述べています。

報告された主な結果:成分の「量」より「質」の組み替え

発酵していないUN-NEでは、7日間の保温中に総ポリフェノール量や抗酸化能がはっきり増える傾向は見られませんでした。微生物が働かなければ、結合した形で閉じ込められたポリフェノールはこの期間にほとんど遊離しないということです。対してTRI-NEでは1日目以降からTPCが時間とともに大きく増え、発酵の過程で約79%(315.30から564.70 mg GAE/g)に達したと報告されています。抗酸化能も同じ方向で、7日目にDPPHは161.78 mg GAE/g、ABTSは165.94 mg GAE/g、FRAPは183.96 µmol Fe2+/g抽出物に達しました。

網羅的な代謝物解析では2327の成分が比較に用いられ、発酵後は61.19%が増加、38.76%が減少していました。厳しい統計基準で絞った場合も、変化した成分のうち67.47%が増加、32.53%が減少という偏りが残りました。階層クラスタリングでは発酵品と非発酵品がはっきり分かれ、発酵が代謝の姿を大きく変えたことが示されました。

興味深いのは、個々のポリフェノールを測ったHPLCの結果が単純な増加ではなかったことです。クロロゲン酸、カテキン、エピカテキン、p-クマル酸はいずれも発酵後に有意に減り、ナリンジンは発酵前だけで検出されました。没食子酸とo-クマル酸はほぼ同じでした。その中でケルセチンだけが10.23 mg/gから15.39 mg/gへ有意に増えました。著者らはこれを、微生物の酵素が糖と結合したケルセチンを加水分解し、活性の高いアグリコン型を遊離させたためだろうと説明しています。ケルセチンは抗酸化・抗炎症作用で知られ、毛乳頭細胞で5α還元酵素(SRD5A)の活性を抑えると報告されている成分です。網羅的解析ではさらに、イソフェルラ酸やサリチル酸、バニリン酸などのフェノール酸、リノール酸やオレイン酸といった脂質関連の成分も増えていました。ただし、これらの成分の同定は網羅的解析に基づく推定であり、確認には狙いを定めた追試が必要だと論文は付記しています。

細胞での働きでは、TRI-NEが多くの項目で最も強い結果を示しました。毛乳頭細胞を処理した培養液を線維芽細胞に移す実験では、TRI-NE由来の培養液が対照の136.17%まで線維芽細胞を増やし、UN-NE(127.69%)とミノキシジル(112.74%)を上回りました。カリウムチャネルを薬剤トルブタミドで塞いで毛乳頭細胞の生存率が67.90%まで落ちた条件では、TRI-NEが94.95%まで回復させ、ミノキシジル(88.50%)やUN-NE(86.57%)より高い値でした。炎症を起こした状態でのNO産生は、TRI-NEが毛乳頭細胞で2.88 µM、マクロファージで4.78 µMまで抑え、抗炎症薬のジクロフェナクナトリウムよりも強い抑制でした。過酸化水素で傷めた細胞の脂質酸化(TBARS)では、TRI-NEが対照の72.18%まで下げ、基準物質のL-アスコルビン酸に近づく一方でUN-NEを上回りました。

すべての項目で発酵が勝ったわけではありません。細胞内の活性酸素そのものの抑制では、TRI-NE(対照の85.5%)とUN-NE(86.4%)に有意な差はなく、どちらも無処理の対照より低い水準まで下げました。著者らはこの点を、細胞内の活性酸素の調節は発酵で増えた単一の成分に引っ張られるものではなく、多様な成分の組み合わせによるものだろうと解釈しています。遺伝子発現では、両方のニーム抽出物がDU-145細胞と毛乳頭細胞の双方でSRD5A1とSRD5A2の発現を無処理の対照より有意に抑えました。毛乳頭細胞ではTRI-NE処理後にVEGFとCTNNB1のmRNAが有意に増えており、これが線維芽細胞への分泌因子を介した働きと結びつく分子レベルの裏づけになると論文は述べています。

これらを通じて著者らが繰り返し強調するのは、TRI-NEの優れた働きが「ポリフェノールが増えたから」では説明できないという点です。実際、定量された多くのポリフェノールはむしろ減っていました。発酵による機能の向上は、成分全体の量的な蓄積よりも、質的な組み替え——特定の成分が選択的に濃くなり、発酵由来の新しい成分が加わること——に依っていると考えられます。なお、単独培養や2種培養の比較対照、各微生物の酵素活性の直接測定は行われていないため、どの微生物がどれだけ寄与したかは今回のデータからは判定できないと論文は明記しています。

この研究が示すこと

この研究が示したのは、植物素材の力を引き出す手立てとして、発酵が「成分を増やす」だけの操作ではないということです。ニームの葉では、よく知られたポリフェノールのいくつかが発酵で減る一方、ケルセチンのように活性の高い形へ変換される成分があり、細胞での働きはむしろ強まりました。成分表の数字が全体として増えることと、細胞に届く働きが高まることは、同じではないのです。

同時にこの論文は、自らの設計の限界をていねいに示しています。どの微生物が効いたのかは分けられず、成分の同定は推定にとどまり、評価はすべて培養細胞の段階です。それでも、成分の組み替えを丁寧に記述し、それが複数の細胞系での働きの違いとどう対応するかを並べて示したことは、発酵をどう設計すれば意味があるのかを考える土台になります。

著者:Muangsanguan A(Department of Pharmaceutical Sciences, Faculty of Pharmacy, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Panti N(Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand.; Cluster of Agro Bio-Circular-Green Industry (Agro BCG), Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Ruksiriwanich W(Department of Pharmaceutical Sciences, Faculty of Pharmacy, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Cluster of Agro Bio-Circular-Green Industry (Agro BCG), Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Cluster of Valorization and Bio-Green Transformation for Translation Research Innovation of Raw Materials and Products, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Sawangrat K(Department of Pharmaceutical Sciences, Faculty of Pharmacy, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Pummara P(Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand.)、Rachtanapun P(Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand.; Cluster of Agro Bio-Circular-Green Industry (Agro BCG), Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Sringarm K(Cluster of Agro Bio-Circular-Green Industry (Agro BCG), Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Cluster of Valorization and Bio-Green Transformation for Translation Research Innovation of Raw Materials and Products, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Department of Animal and Aquatic Sciences, Faculty of Agriculture, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Sommano SR(Cluster of Agro Bio-Circular-Green Industry (Agro BCG), Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Cluster of Valorization and Bio-Green Transformation for Translation Research Innovation of Raw Materials and Products, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.; Department of Plant and Soil Sciences, Faculty of Agriculture, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Krobthong S(Center of Excellence in Natural Products Chemistry (CENP), Department of Chemistry, Faculty of Science, Chulalongkorn University, Bangkok 10330, Thailand.)、Arjin C(Department of Animal and Aquatic Sciences, Faculty of Agriculture, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Satsook A(Office of Research Administration, Chiang Mai University, Chiang Mai 50200, Thailand.)、Yingchutrakul Y(National Center for Genetic Engineering and Biotechnology, National Science and Technology Development Agency, Pathum Thani 12120, Thailand.)、Castagnini JM(Research Group in Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Department of Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine, Faculty of Pharmacy, Universitat de València, Avenida Vicent Andrés Estellés s/n, 46100 Burjassot, Spain.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Muangsanguan A, Panti N, Ruksiriwanich W, et al. Tri-Culture Fermentation of Neem (<i>Azadirachta indica</i>) Leaves Induces Phytochemical Remodeling and Enhances Multi-Target Bioactivities Relevant to Androgenetic Alopecia. Plants (Basel, Switzerland) 2026-09-10. DOI: 10.3390/plants15182779. 原著ライセンス:CC BY.