母乳には「ヒト母乳オリゴ糖(HMO)」と呼ばれる糖の一種が豊富に含まれており、赤ちゃんの腸内でビフィズス菌などの善玉菌を増やす働きがあることが知られています。オランダのフローニンゲン大学医療センター、ワーヘニンゲン大学、マーストリヒト大学の研究者らによる研究グループは、HMOの中でも代表的な「2′-フコシルラクトース(2'-FL)」と「3-フコシルラクトース(3-FL)」という2種類の物質に着目し、これらが腸の壁(バリア)を守る仕組みを、乳児と成人の腸内細菌の働きの違いも含めて詳しく調べました。研究成果はジャーナル・オブ・ファンクショナル・フーズに2026年8月に掲載予定です。
腸の壁は、体の中と外の環境を隔てる重要な防御ラインです。腸の壁の一番外側には、腸内細菌がすみつく「グリコカリックス」という糖でできた層があり、その内側には細胞同士をぴったりつなぎとめる「タイトジャンクション」という構造があります。これらが乱れると、有害な物質が体内に侵入しやすくなり、炎症のきっかけになると考えられています。HMOがこのバリア機能をどう支えているのか、また乳児と成人とで効果に違いがあるのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
試験管の中に「腸と腸内細菌の会話」を再現する仕組みを作った
生きた人間で年齢による違いを調べるのは倫理的・技術的に難しいため、研究チームは独自の実験モデルを開発しました。具体的には、腸内細菌を海藻由来の「アルギン酸」でできたカプセル(直径約2.9mm)に閉じ込め、そのカプセルにHMOを一定量(2mg/mLまたは5mg/mL)練り込んだうえで、ヒトの大腸上皮細胞株「T84細胞」を培養したシートの上に24時間乗せて共培養する、という方法です。カプセルの中は酸素が乏しい環境(嫌気的環境)を保てるよう作られており、レザズリンという酸素の有無で発色が変わる試薬を使って、実際にカプセルの中心部ほど酸素が少ない状態になっていることを確認しています。腸内の細菌の多くは酸素を嫌う一方、腸の細胞は酸素を必要とするという、相反する条件を同時に再現する工夫です。共培養後には、カルシウムイオノフォアA23187という薬剤を使って人為的にバリアを傷つけ、そこからの回復や保護の程度を、電気抵抗を測定する装置(ECIS)や遺伝子発現の解析で調べました。
腸内細菌の材料としては、母乳を与えられていない生後2週間の乳児4人分の便を混ぜ合わせたものと、27〜35歳の健康な成人4人分の便由来の試料が使われました。カプセルに閉じ込めた腸内細菌は、共培養の前後で生菌数を測定したところ、乳児由来・成人由来のいずれも生存が保たれており、HMOの添加によって菌の生存に悪影響は見られなかったと報告されています。
HMOそのものにもバリア保護効果、菌がいるとさらに効果が変化
まず腸内細菌がいない状態でHMOをカプセルに入れて調べたところ、5mg/mLの3-FLを加えた場合に、A23187によるバリア機能の低下が有意に抑えられ、電気抵抗の指標(AUC)が約27.9%高く保たれました。あわせて、グリコカリックスを構成する遺伝子(GPC1、SDC4など)やタイトジャンクションの遺伝子(CLDN1、OCLN)の発現も、3-FLを加えたグループで有意に上昇しており、2'-FLよりも3-FLのほうが、腸内細菌の力を借りずに直接バリアを保護する効果が高いことが示されました。
次に、乳児・成人それぞれの腸内細菌をカプセルに入れてHMOを発酵させた場合の効果を見ると、興味深い違いが浮かび上がりました。乳児の腸内細菌はHMOを分解して主にコハク酸・乳酸・酢酸・プロピオン酸を作り、酪酸は検出されませんでした。一方、成人の腸内細菌は酢酸やプロピオン酸に加えて酪酸を生み出す点が特徴的でした。乳児由来の腸内細菌にHMOを加えた場合も、A23187によるバリア機能の低下は緩和され、特に3-FLを2mg/mLまたは5mg/mL加えたカプセルでは、AUCがそれぞれ22.06%、32.99%増加し、濃度が高いほど保護効果が強まる傾向が確認されました。成人の腸内細菌の場合は、HMOの発酵で作られる酪酸が、バリアの電気抵抗の改善やグリコカリックスの状態の調整に関わっていることが示唆されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究はヒトの腸内で直接確認されたものではなく、便由来の腸内細菌とヒト由来の培養細胞を組み合わせた試験管内(in vitro)モデルによる基礎研究です。乳児試料は非母乳栄養で経腟分娩の4人分、成人試料は4人分の残余検体を用いたもので、いずれも限られた人数の試料を混合して使用しています。また、論文では実験の繰り返しについて、同じ便試料を用いて時期を変えて反復した「実験的反復」であり、異なる提供者間の「生物学的反復」ではない点が明記されています。これらの点から、今回得られた結果がヒトの体内でそのまま同様に起こるかどうかは、今後さらに検証が必要な段階といえます。HMOが腸のバリア機能や善玉菌の働きを助ける可能性を示す研究の一つとして参考にしつつ、健康効果を断定するものではないことに留意してください。
まとめ
今回の研究では、母乳由来の糖であるHMOのうち3-FLが、腸内細菌の有無にかかわらず腸のバリアを守る力を持つ可能性、そして乳児と成人では腸内細菌がHMOを分解して作る物質(乳児では乳酸やコハク酸など、成人では酪酸を含むSCFA)が異なり、それがバリア保護の仕組みにも影響しうることが、実験モデルを通じて示されました。腸内細菌と腸の壁の相互作用を年齢別に比較できる新しい実験手法としても位置づけられており、今後、乳児期や成人期それぞれに適した食品・栄養素の設計につながる基礎データとして注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Xiaochen Chen, Luis Llanos Moreno, Luis Silva-Lagos, et al. Deciphering the differential effects of human milk oligosaccharides (HMOs) on infant and adult microbiota: insights from a novel “gut microbe-host interaction” model. ジャーナル・オブ・ファンクショナル・フーズ (2026). DOI: 10.1016/j.jff.2026.107470. 原著ライセンス: cc-by.