著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

イチゴは見た目や香り、味に優れる一方、収穫後に傷みやすい果物です。果肉が柔らかく皮が薄いため、軽くぶつかったり押されたりするだけで傷がつきます。傷ができると水分が抜けやすくなり、軟化が進み、店頭や家庭で品質を保てる期間(棚持ち期間)が短くなります。

果物は、熟すときに呼吸量が急に増え、植物ホルモンのエチレンを多く出して熟成が進む「クライマクテリック型」(トマトやバナナなど)と、そうした急増を示さない「非クライマクテリック型」に分けられます。イチゴは後者の代表で、熟成には主に別のホルモンであるアブシシン酸が関わると考えられています。ただし、近年はエチレンもイチゴの成熟や老化に一定の役割を持つことが報告されており、その位置づけには議論が残っています。イチゴ自身のエチレン生成量が少ないため、エチレン本来の作用をほかの変化と区別しにくいことが課題でした。

一方、果実は傷つくと自らエチレンを作り出すことが、キウイフルーツや柿などで知られています。流通や保管の現場では、イチゴが物理的な衝撃を受けると同時に、密閉された包装内にたまった低濃度のエチレンにさらされる可能性があります。しかし、これまでの研究は傷とエチレンを別々に扱うことが多く、両方が重なったときの反応はよく分かっていませんでした。研究チームは、傷による反応が外からのエチレンへの反応を変え、どちらか単独より強い劣化をもたらすという仮説を立て、これを調べました。

どのように調べたか

研究チームは、中国・杭州の農園で、ほぼ実の大きさが揃いながらまだ赤く色づいていない「白色期」の品種「紅ほっぺ」を収穫しました。果実を、何もしない対照区、傷だけをつける区、エチレンだけを与える区、傷をつけたうえでエチレンも与える組み合わせ区の4群に分けました。傷は、消毒した針で果実の赤道部分を一周するように深さ約3ミリの穴を10か所あける方法でつけました。エチレンは市販のエチレン発生剤を包装内に入れて与え、袋の中の濃度はおよそ160〜200 ppmでした。

すべての果実は同じポリエチレン袋に密封し、20℃・湿度85〜90%という、劣化が早く進む条件に置きました。0日目、3日目、6日目に、硬さ、重量の減少、糖度、酸度、赤い色素であるアントシアニンの量などの品質を測定しました。あわせて、エチレンの生成量や、エチレンのもとになる物質ACC(1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸)の量、細胞膜の傷み具合を示す指標も調べました。

さらに、差が最もはっきり現れた6日目の果実を使い、果実内の多数の物質を一度に調べる「メタボローム解析」と、どの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に調べる「トランスクリプトーム解析」を行いました。

主な結果

論文によると、傷とエチレンを組み合わせた区の果実で劣化が最も激しく、6日目には硬さが最も低下し、見た目の傷みも最も目立ちました。アントシアニンの量も3日目と6日目で最も多くなりました。重量の減少は、傷をつけた2つの区で対照区より大きかったと報告されています。

エチレンに関わる指標では、組み合わせ区がおおむね最も高いエチレン生成量を示しました。ACCの量は3日目に果実1グラムあたり5.9ナノモル、6日目にも4.2ナノモルと、ほかの区より高い値でした。傷だけ、エチレンだけの区でも対照区より高まりましたが、組み合わせ区ほどではありませんでした。研究チームはこれを、組み合わせによってエチレンを作る働きが強まったことを示すものとしています。

細胞膜の傷みを示す指標も組み合わせ区で最も高くなりました。細胞から電解質が漏れ出す割合、膜の脂質が酸化されたときにできるマロンジアルデヒド、活性酸素の一種である過酸化水素がいずれも多くたまっていました。活性酸素を取り除く酵素の働きは特に3日目に高まったものの、6日目には低下しており、著者らは、果実の防御反応が働いても膜の酸化的な傷みを十分には防げなかったと解釈しています。

遺伝子レベルでも大きな違いが見られました。6日目の比較で、発現量が明確に変化した遺伝子の数は、対照区と組み合わせ区の間で4012、傷だけの区と組み合わせ区の間で2825、エチレンだけの区と組み合わせ区の間で7042に上りました。研究チームは、組み合わせ区の果実が、何もしない果実ともどちらか一方の処理だけを受けた果実とも異なる状態にあったとしています。アントシアニンを作る遺伝子のいくつかは組み合わせ区でより強く働いており、色素量の増加と合っていました。エチレンの合成や受け取りに関わる遺伝子も、組み合わせ区で総じて強い反応を示しました。

物質の網羅的な解析では、変化した物質の数は組み合わせ区で最も多いわけではありませんでしたが、その組成は単独処理の区とはっきり区別できました。著者らは、組み合わせの影響は変化する物質の数が増えることではなく、特定の代謝の経路が独自のかたちで変わることに表れていると述べています。変化は主に、色素などを作る経路、糖や酸の代謝、酸化ストレス、ホルモンに関わる調節に関連していました。

この研究が示すこと

この研究は、傷と外からのエチレンが重なると、イチゴの劣化が速まり、細胞膜の酸化的な傷みが強まり、代謝や遺伝子の働きがまとまって大きく変わることを、品質から遺伝子まで複数の段階で示しました。著者らは、ここで見られたエチレン反応はトマトのようなクライマクテリック型の熟成の仕組みとみなすべきではなく、傷によってストレスを受けやすくなった果実で、エチレンが劣化とより強く結びついたと解釈しています。

ただし、これらは関連として示されたものです。論文では、細胞壁の分解や、アブシシン酸など他のホルモンの量は直接測っておらず、そうした仕組みの関与は可能性の段階にとどまると明記されています。それでも、傷みやすい果物で「傷」と「エチレン」が重なることの影響を一体として捉えた点に、この研究の意味があります。

原著論文の著者・所属:Jiayi Liu(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Haoyang Liu(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Shuhan Yang(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Cheng Wang(College of Biology, Food & Environment, Hefei University, Hefei 230601, China; College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Yicheng Ren(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Dong Li(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Innovation Center for Postharvest Agro-Products Technology, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Chuyan Wang(College of Biology, Food & Environment, Hefei University, Hefei 230601, China; College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Yining Xia(Institute of Food Science and Technology, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100193, China)、Zisheng Luo(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)、Yanpei Chen(College of Biosystems Engineering and Food Science, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China; Key Laboratory of Agro-Products Postharvest Handling of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Zhejiang Key Laboratory for Agri-Food Resources and High-Value Utilization, Zhejiang University, Hangzhou 310058, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jiayi Liu, Haoyang Liu, Shuhan Yang, et al. Mechanical Injury Enhances Ethylene-Associated Transcriptional and Metabolic Responses of Strawberry Fruit During Shelf-Life Period. Foods 2026-09-23. DOI: 10.3390/foods15193380. 原著ライセンス:CC BY.