この研究は、イタリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Endocrine Metabolic & Immune Disorders - Drug Targets

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

問いの出発点:食べ物はもともと「自分ではないもの」

著者らは、生き物が生きるために欠かせない食べ物が、そもそも他の生物に由来する生物学的な物質であるという点に注目しています。食べ物に含まれるタンパク質、多糖、脂質といった大きな分子(高分子)は、そのままの形では人のからだの分子とは構造が異なるため、消化される前の段階では「非自己」、つまり自分のものではない生物由来の物質とみなせる、というのが論文の見方です。

この観察から導かれるのが、著者らが「食べ物のパラドックス(Food Paradox)」と呼ぶ考え方です。食べ物は生命を支えるが、最初は自分ではない生物由来の物質である——この一見矛盾する状況を解決するのが消化だと論文は述べます。化学的・酵素的な消化によって、高分子はアミノ酸、単糖、脂肪酸といった基本的な構成単位まで分解されます。これらは宿主のからだにすでに存在する分子と化学的に同一であり、だからこそ代謝に取り込める、という説明です。

なお著者らは、この考えがウッズの提唱した「摂食のパラドックス(eating paradox)」——食べることは生存に不可欠だが同時に危険にもさらす——を拡張したものだと位置づけています。また、食事が健康に影響するという事実自体は広く知られているとしたうえで、本稿の独自性はそこではなく、消化される前の食べ物が他の生物に由来する異物であるという、より基本的な生物学的原理を強調する点にあると述べています。

腸のバリアという「選択的なフィルター」

この論文は原著データを報告する研究論文ではなく、既存の知見をつなぐ枠組みを示す「パースペクティブ(展望論文)」です。著者らは、消化、腸内細菌叢、腸管バリアの働き、そして慢性の炎症性疾患を結ぶ概念的な枠組みとして「食べ物のパラドックス」を提案しています。

腸管は、腸の内側の空間(管腔)と体内とを隔てる主要な境界面です。そこには食べ物由来の分子と多数の微生物が共存しています。腸管バリアは粘液層、上皮細胞、そして細胞どうしをつなぐタイトジャンクション(密着結合)と呼ばれる構造からなり、どの分子を通すかを調節しています。

著者らは、このバリアがしばしば腸内細菌に対する防御としてのみ語られる点を指摘し、その役割はもっと広いと述べます。すなわち、十分に処理されていない生物由来の物質が早まって体内へ漏れ出すのを防ぐ、選択的な境界面だという見方です。正常な状態では、基本的な分子まで完全に消化されたものだけが専用の輸送のしくみを通って吸収され、食べ物の高分子や消化しきれていない断片、微生物やその産物などは通過を妨げられる、と論文は整理しています。

食事・腸内細菌・バリアの乱れと慢性炎症

著者らによれば、腸内細菌叢は消化や代謝、免疫の調節に関わっており、バランスのとれた状態(ユウバイオシス)では短鎖脂肪酸(SCFAs)などの有益な代謝産物を作り出して宿主の代謝を支えます。そして食事は、腸内細菌叢の構成を決める主要な要因のひとつだとされます。

論文は、植物由来の食物繊維が豊富な菜食や、地中海食、いわゆるブルーゾーンの食事が微生物の多様性と代謝の安定に寄与する一方、エネルギー密度が高く精製糖質や超加工食品を特徴とする西洋型の食事は微生物のバランスの乱れを招きうる、と紹介しています。この乱れた状態は「ディスバイオシス」と呼ばれ、微生物の多様性の低下と炎症を促す代謝産物の増加を特徴とします。

ディスバイオシスの重要な帰結のひとつとして、著者らは腸の炎症と腸管の透過性の亢進——いわゆる「リーキーガット(漏れやすい腸)」——を挙げます。タイトジャンクションの健全性が損なわれると、リポ多糖(LPS)などの微生物由来の成分が体内の循環へ入り込み、免疫応答を活性化して持続的な弱い炎症(低度慢性炎症)につながりうる、という説明です。この状態は、心血管・代謝上のリスク、がん、多発性硬化症などの神経変性疾患といった慢性の非感染性疾患の発症機序に関与するとされています。

ただし著者ら自身、持続的なバリア機能の障害と慢性炎症性疾患や自己免疫疾患との直接の因果関係はまだ十分に確立されていない、と明記しています。また、腸に起源をもつ慢性疾患という考えも「仮説」「提案」として提示されています。

論文が紹介する実験的な根拠としては、ベラーらが2011年に報告した研究があります。ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)というミエリン抗原のペプチドを投与して実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE、多発性硬化症の実験モデル)と脱髄を誘導できたものの、それは動物が自身の腸内細菌叢をもつ場合に限られ、無菌動物では起こらなかった、というものです。著者らはこれを、腸内細菌叢が免疫の調節と発症に必要であることを示した結果として紹介し、さらに後年、多発性硬化症患者の腸内細菌叢がマウスでEAEを誘導しうることが示されたことにも触れています。腸内細菌叢の構成が食べ物の選択にも左右される以上、「腸脳軸」という概念は「食事—腸内細菌叢—脳軸」へと拡張されるべきだ、というのが著者らの主張です。

この枠組みが示すこと

著者らは、腸管バリアの機能障害をめぐる現在の議論が主に微生物とその産物の移行に焦点を当てていると指摘し、消化しきれていない食べ物由来の高分子もまた生物学的に重要な存在として考慮されるべきだと提案します。損なわれたバリアを越えたそれらの移行が、慢性炎症性疾患に寄与する追加のしくみになりうる、という見立てです。

同時に論文は、食べ物も腸内細菌叢もそれぞれ二面性をもち、抗炎症的にも炎症促進的にも働きうると述べています。たとえば植物の二次代謝産物の中には、アルファアミラーゼ阻害物質やトリプシン阻害物質、タンニン、レクチン、サポニン、アルカロイドのように、栄養素の吸収を妨げたり消化酵素を阻害したり、腸管バリアを傷つけたりしうるものがあるとされます。

著者らは、新しい用語を導入することが目的ではなく、消化を「組織化された非自己の生物由来物質を、代謝的に適合する分子単位へ変換する生物学的な過程」として捉える概念的な枠組みを示すことがこの展望論文の狙いだとしています。そして最後に、他の生物に由来する生物学的に組織化された物質はすべて、宿主の一部となる前に代謝的に適合する分子単位へ変換されなければならない、という一文で締めくくっています。日々の食事という身近な営みを、異物を自分へと変える境界面の働きとして捉え直す視点を提供する論考だといえます。

著者:Paolo Riccio(Independent Researcher, Formerly Department of Sciences, University of Basilicata, Potenza, and School ofNeurology, University of Bari, Bari, Italy)、Emilio Jirillo(Interdisciplinary Department of Medicine, University of Bari, Bari, Italy)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Paolo Riccio, Emilio Jirillo. The Food Paradox: Converting Foreign Matter into Self. Endocrine Metabolic & Immune Disorders - Drug Targets 2026-08-30. DOI: 10.2174/0118715303504236260825062222. 原著ライセンス:CC BY.