運動中にエネルギー源として脂肪をどれだけ使うか、糖質をどれだけ使うかは、運動後の体内の代謝やホルモンの動き、さらには『運動のあとお腹が空くかどうか』にまで関係していると考えられています。これまで、運動中に糖質を摂取すると血糖やインスリンが上がり、体脂肪の分解(脂肪分解)が抑えられることは知られていました。しかし、糖質を摂らずに、インスリンとは別の仕組みで脂肪分解だけを抑えたときに体はどう反応するのかは、よくわかっていませんでした。この疑問に答えるため、英国バース大学の研究グループらが、ビタミンの一種であるナイアシン(ニコチン酸)を使った実験を行いました。
実験の方法
研究には健康な成人15名(うち女性5名)が参加しました。参加者は、自分の乳酸閾値の95%という強度で1時間の自転車運動を、条件を変えて3回行いました。1つ目は運動中に何も摂らない『空腹条件』、2つ目は運動中に糖質を摂取する条件(糖質はインスリンの働きを通じて脂肪分解を抑えます)、3つ目は運動中にナイアシンを摂取する条件(ナイアシンはインスリンとは別の経路で脂肪分解を抑えるとされています)です。同じ参加者が3条件すべてを行うクロスオーバー方式で、血液と呼気のサンプルを採取して代謝やホルモンの変化を調べました。さらに運動の2時間後には、好きなだけ食べてよい食事を用意し、実際にどれだけのエネルギーを摂取するかも記録されました。
わかったこと
ナイアシンを摂取した条件では、空腹条件と比べて運動中の糖質の燃焼(酸化)が増えることが確認されました。ただし糖質を直接摂取した条件のほうが、その効果はさらに大きいものでした。ホルモンの面では、食欲やインスリン分泌に関わるとされるGLP-1というホルモンの濃度が、空腹条件に比べて上昇し、特に糖質摂取条件で最も高い値を示しました。また、ナイアシン条件では空腹条件に比べて、ケトン体や、比較的大きめのVLDL(超低比重リポタンパク質)に含まれる中性脂肪の濃度が低くなっていました。一方、糖質摂取条件では分岐鎖アミノ酸の濃度が空腹条件より低下していました。もっとも注目すべき点は、これらの代謝やホルモンの違いがあったにもかかわらず、運動後の食事で実際に食べた量(エネルギー摂取量)には、3条件の間で統計的に意味のある差が見られなかったことです(空腹条件で平均833±206kcal、糖質条件で786±219kcal、ナイアシン条件で780±158kcal)。
この研究をどう受け止めるか
この結果は、運動中に体内で使われる脂肪の量を薬理的に変化させても、それが必ずしもその後の食欲や食事量には反映されないことを示唆しています。つまり、代謝やホルモンレベルでの変化と、実際に『どれだけ食べるか』という行動レベルの変化は、必ずしも連動しないという可能性です。研究チームは、脂肪の利用しやすさを運動中に操作することは、エネルギーバランス(食べる量と使う量の収支)よりも、代謝そのものへの影響のほうが大きいのではないかと考察しています。ただし、これは15名を対象とした一つの研究であり、参加者の数も限られているため、結論が確定したわけではない点には注意が必要です。今回の実験はclinicaltrials.govに事前登録された計画に基づいて実施されています。
まとめ
今回の研究では、運動中にナイアシンを摂取すると、糖質を摂らなくても糖質の燃焼が増え、GLP-1やケトン体、VLDL中性脂肪といった運動後の代謝マーカーに変化が生じることが報告されました。一方で、運動後2時間の食事量そのものには、糖質条件・ナイアシン条件・空腹条件のあいだで検出可能な違いはありませんでした。運動中の脂肪利用を人為的に変えることが体の代謝に与える影響と、実際の食欲・食事行動への影響は、必ずしも同じ方向を向くとは限らないことを示す一つの手がかりといえそうです。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Louise Bradshaw, Alfonso Moreno-Cabañas, Bruno Spellanzon, et al. Metabolic, Endocrine, and Appetite Responses to Carbohydrate Compared with Niacin Ingestion During Exercise in Healthy Females and Males. 栄養学ジャーナル (2026). DOI: 10.1016/j.tjnut.2026.101773. 原著ライセンス: cc-by.