日本掲載:本論文はJ-STAGEに掲載されています。
著者情報:Kosuke Nakamura(Division of Foods, National Institute of Health Sciences)、Hiroaki Sahara(Division of Foods, National Institute of Health Sciences)、Yasuo Tanaka(Division of Foods, National Institute of Health Sciences)、Ryo Ogasawara(Agilent Technologies Japan, Ltd.)、Marina Otsuka(School of Veterinary Medicine, Rakuno Gakuen University)、Takako Hayashi(Chemistry Division, Kanagawa Prefectural Institute of Public Health)、Toru Fukumitsu(Chemistry Division, Kanagawa Prefectural Institute of Public Health)、Kenichi Kumasaka(Chemistry Division, Kanagawa Prefectural Institute of Public Health)、Haruyuki Hirata(School of Veterinary Medicine, Rakuno Gakuen University)
輸入食品の検疫などで使われてきた酸化エチレンという燻蒸ガスは、殺菌や殺虫の効果がある一方で、食品中の成分と反応して痕跡を残すことが知られています。これまでの検査では、酸化エチレンが分解してできる2-クロロエタノール(2CEと略されます)という物質の量を測ることで燻蒸の有無を判断する方法が広く使われてきました。しかし2CEは酸化エチレン以外の要因でも生成しうるとされており、燻蒸そのものを直接示す証拠としては限界があると考えられてきました。今回紹介する研究は、酸化エチレンが食品中の栄養成分そのものと反応してできる化学修飾物質を探し、燻蒸のより直接的な証拠となりうる指標を見つけようとしたものです。
研究でわかったこと
研究チームは、酸化エチレンで燻蒸した食品を分析し、酸化エチレンが一つだけ結合した化合物を検出しました。断片化のパターンと精密質量分析の結果から、この化合物はリンゴ酸に酸化エチレンが付加したものと推定されました。実際にリンゴ酸そのものを使って燻蒸実験を行ったところ、同じ保持時間と質量スペクトルのパターンが再現され、この化合物がリンゴ酸由来であることが確認されました。さらに、ガスクロマトグラフィータンデム質量分析法(GC-MS/MS)を用いた標的分析により、燻蒸したごまと大豆からも同じリンゴ酸由来の酸化エチレン付加物(質量電荷比233から73への変化として検出)が見つかり、この化合物が植物由来の様々な食品に広く存在しうることが示されました。
これらの結果は、酸化エチレンによる燻蒸が栄養成分由来の化学修飾物質を食品中に生じさせるという直接的な証拠を示したものと位置づけられています。研究チームは、この化合物が従来の2CEを用いた検査方法を補う化学マーカーとして活用できる可能性があるとし、食品の安全管理における分析の精度や検査の信頼性向上に役立つと述べています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、神奈川県衛生研究所や酪農学園大学、アジレント・テクノロジー株式会社の研究者らとともに、国立医薬品食品衛生研究所に所属する著者らが関わった日本関連の研究として食品衛生学雑誌に発表されたものです。ごまや大豆といった、日本の食卓にもなじみのある食品が実験対象に含まれている点も、読者にとって身近な内容といえます。
ただし、この研究はあくまで一つの研究であり、結論が確定したわけではありません。今回見つかった化合物が実際の検査現場でどこまで広く応用できるか、他の食品や成分でも同様の反応が起きるかどうかは、今後さらに検証が必要な部分と考えられます。健康への影響を直接評価したものではなく、あくまで燻蒸の痕跡を検出する分析技術に関する研究である点にも留意が必要です。
まとめ
本研究では、酸化エチレン燻蒸によって食品中のリンゴ酸が化学的に修飾されることが明らかにされ、この化合物が燻蒸の新たな検査指標となりうる可能性が示されました。今後、こうした知見が食品の安全管理における検査手法の充実につながっていくか、引き続き注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Kosuke Nakamura, Hiroaki Sahara, Yasuo Tanaka, et al. 酸化エチレン燻蒸食品の直接的証拠となる化学修飾栄養成分の同定. 食品衛生学雑誌 (2026). DOI: 10.3358/shokueishi.67.165.