著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Diabetes Metabolic Syndrome and Obesity
ライセンス: CC BY-NC 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
肥満は世界的に増え続けている代謝の問題で、2030年には世界で12億5000万人以上の成人が肥満になると予測されています。食事や運動といった生活習慣の改善が対策の基本とされていますが、それだけでは十分な減量に至らない人も多く、薬物治療や外科手術が検討される場合もあります。GLP-1受容体作動薬などの薬は効果が報告される一方で、注射が必要であることや、長期的に続けにくいこと、消化器症状などの副作用があることが課題として挙げられています。こうした背景のもと、近年注目されているのが腸内細菌叢(腸内フローラ)です。今回紹介する総説論文は、中国・成都中医薬大学の研究者らが、腸内細菌叢と肥満の関係、そして中国伝統医学(TCM)による介入が腸内細菌叢を通じてどのように肥満に働きかけうるかを、これまでの研究をまとめて整理したものです。
腸内細菌叢の乱れと肥満はどう関わっているのか
腸内には主にFirmicutes(フィルミクテス門)とBacteroidetes(バクテロイデス門)を中心に、Actinobacteria、Proteobacteria、Verrucomicrobiaなど複数の細菌グループが存在しています。かつてはFirmicutesとBacteroidetesの比率(F/B比)が肥満の指標として注目されましたが、この総説では、食事内容や遺伝的背景、地域差の影響を強く受けるため、F/B比を肥満の信頼できる指標とすることは難しいとされています。むしろ近年は、腸内細菌叢全体の多様性(α多様性)に注目が集まっており、肥満の小児・成人の複数のコホート研究で多様性の低下が確認され、ある研究ではシャノン指数(多様性を表す指標)とBMIとの間に有意な負の相関が報告されているとのことです。また、Akkermansia muciniphila、Faecalibacterium prausnitzii、Enterococcusといった、短鎖脂肪酸の産生や腸のバリア機能維持に関わるとされる細菌が肥満の人で減少している一方、Bacteroides vulgatus、Ileibacterium、大腸菌(Escherichia coli)といった菌は増加し、代謝の悪化を示す指標と正の関連を示すことが報告されています。
腸内細菌が作り出す代謝物も、エネルギーや脂質の代謝に関わっているとされます。例えば酪酸(ブチレート)は大腸のGPR43受容体を刺激してGLP-1の分泌を促し食欲を抑える可能性が、プロピオン酸は肝臓でのFIAF発現を抑えて脂肪の蓄積を減らす可能性が、酢酸は逆にアセチルCoAカルボキシラーゼの働きを高めて肝臓での脂質合成を促す可能性が、それぞれ指摘されています。ただし興味深いことに、便に含まれる短鎖脂肪酸の量と血液中に吸収された短鎖脂肪酸の量とでは代謝への関連の仕方が異なり、ある研究では血中濃度がインスリン感受性や脂質代謝の改善と正の相関を示した一方、便中濃度にはそうした関連が見られなかったと報告されています。つまり、代謝への影響は腸に留まる量ではなく、体内に吸収される量に左右される可能性があるということです。このほか、高脂肪食条件下でのトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)の増加や、腸内細菌が一次胆汁酸を変化させて作る二次胆汁酸がFXRやTGR5という受容体を通じてGLP-1分泌や熱産生シグナルに関わる可能性、4-ヒドロキシフェニル酢酸(4HPAA)がオスマウスにおいて高脂肪食による肥満を抑えたとする報告も紹介されています。これらの多くは動物実験や試験管内の研究に基づくものであり、著者らはヒトでの検証がなお必要であると述べています。
さらにこの総説では、腸と脳がホルモンや神経を介して情報をやり取りする「腸脳相関」にも触れています。マウスを用いたある研究では、大腸粘膜の深部にある腸管グリア細胞が細菌の鞭毛タンパク質(フラジェリン)をTLR5という受容体で感知し、数秒のうちに迷走神経を通じて脳幹に信号を送り、摂食行動を抑制する可能性が示されたとのことです。また、Akkermansia muciniphilaが産生するP9というタンパク質がGLP-1分泌や熱産生反応の増強と関連する可能性や、Bacteroides acidifaciensが脂肪酸の酸化やGLP-1の働きの維持に関わる経路と関連する可能性も報告されています。これらの知見の多くは動物モデルから得られたものであり、ヒトでも同様に働くかどうかは今後の課題とされています。
中国伝統医学の「脾」の概念と腸内細菌叢を結びつける試み
この総説の特徴的な点は、中国伝統医学における「脾」という概念を、現代の腸内細菌叢研究と結びつけて再解釈しようとしていることです。中医学でいう「脾」は単一の臓器ではなく、食物や水分から栄養を吸収・分配し、筋肉や四肢を養う機能全体を指す概念とされ、著者らはこれが腸内細菌叢が担うエネルギー代謝、栄養代謝、腸のバリア機能、免疫調整といった役割と概念的に重なる部分があると述べています。また、「脾が虚す(機能が低下する)」ことで生じる食欲不振や腹部膨満感、軟便、疲労感といった症状が、腸内細菌叢の多様性低下や構成の変化と同時に見られることが報告されており、両者に一定の対応関係がある可能性が示唆されています。ただし著者らは、これはあくまで概念的な対応であり、直接の因果関係を示すものではないと注意を促しています。 肥満患者にしばしば見られる筋肉量の減少(サルコペニア肥満)についても、腸内細菌叢の乱れによる酪酸の減少が筋肉のタンパク質合成を妨げる可能性や、慢性的な軽度の炎症が筋肉の分解経路を活性化する可能性、分岐鎖アミノ酸(BCAA)代謝の乱れが筋肉合成に必要な材料の供給を妨げる可能性などが指摘され、これらが中医学でいう「脾虚による筋肉の栄養不足」の状態と微生態学的に対応するのではないかという解釈が示されています。
また、中医学には「脾は意を蔵す(脾が精神活動を支える)」という考え方があり、この総説ではこれを現代の「腸脳相関」と重ね合わせて説明しています。視床下部が末梢からの栄養シグナルを統合して食欲やエネルギー消費、情動反応を調整していることや、腸内細菌叢が迷走神経、免疫物質、腸由来ホルモン、代謝物などを介して視床下部に情報を伝えていることなどが紹介され、逆に脳側から視床下部のPOMCニューロンの活性化やレプチン投与によって腸内細菌叢の構成が速やかに変化しうるという動物実験の知見も挙げられています。著者らは、こうした双方向の関係が肥満において「脾の機能低下」と「意を蔵す機能の乱れ」が悪循環を形成しうる一因になっているのではないかとしつつも、この対応づけは実証的な検証よりも解釈的な性格が強いことも明記しています。
個々の生薬に見られた腸内細菌叢への作用の例
この総説では、複数の生薬や成分について、動物実験を中心とした報告が具体的に整理されています。例えばキバナオウギ(Astragalus membranaceus)由来の多糖体は、肥満モデル動物において腸内細菌叢の多様性を示す指標(シャノン指数・シンプソン指数)を高め、LactobacillusやBifidobacteriumといった常在菌を増やす一方、大腸菌やShigellaのような菌の割合を減らしたと報告されています。著者らは、この多糖体は分子量が大きくヒトの消化酵素では分解されにくいため、その効果は腸内細菌による発酵を経て生じる可能性が高いと述べています。ほかにも、プロポリスがRoseburiaを増やし炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-6)やエンドトキシン血症を軽減したとする報告、ケシ科のEuryale ferox(ケンジツ)が体重や脂肪蓄積、酸化ストレスを抑えたとする報告、ミカン科の陳皮(Citri Reticulatae Pericarpium)が体重増加や摂食量、血糖・脂質値を抑えたとする報告、ホオノキ(Magnolia officinalis)がインスリン感受性や脂質プロファイルを改善したとする報告、霊芝(Ganoderma lucidum)が短鎖脂肪酸を増やしTLR4を介した炎症経路の活性化を抑えたとする報告などが紹介されています。論文ではこれらを「補気健脾(気を補い脾を強める)」「化濁醒脾(濁を取り除き脾を活性化する)」「理気醒脾(気を整え脾を目覚めさせる)」という中医学の異なる治療戦略に沿って整理し、それぞれ短鎖脂肪酸の産生とGPR41/43-GLP-1経路、リポ多糖の透過抑制とTLR4・FXR/TLR5経路、腸由来ホルモンや中枢の食欲関連物質の調整といった異なる仕組みに関連づけて説明しています。
この総説を読むうえで押さえておきたいこと
著者らは、腸内細菌叢と中国伝統医学の生薬成分との関係は一方向的なものではない可能性にも言及しています。生薬に含まれる成分が腸内細菌によって代謝・変換されることで、吸収されやすい活性物質に変わる場合がある一方、逆に活性の低い物質や場合によっては毒性のある物質が生じる可能性もあるとされ、腸内細菌叢の個人差が生薬に対する治療反応の違いに関わっているのではないかと述べられています。
この論文はあくまで既存の研究を整理した総説であり、著者ら自身が明記しているように、現時点の根拠の多くは動物実験や試験管内実験など前臨床研究に基づくものであり、関連性を示すデータが中心で、直接の因果関係を証明したものではありません。中医学の「脾」や「意を蔵す」といった概念と腸内細菌叢・腸脳相関との対応づけについても、著者らは概念的・解釈的な橋渡しの試みであると位置づけており、体系的な検証はこれからの課題としています。特定の生薬や成分が肥満を予防・改善すると断定するものではなく、今後の研究の方向性を示す一つの視点として提案されたものと理解するのが適切です。
肥満と腸内細菌叢の関係、そして伝統医学の考え方を現代科学の言葉で捉え直そうとする試みは、今後の研究テーマとしても興味深いものです。ただし、この総説で紹介されている個々の生薬の効果はいずれも動物モデルなどの段階の知見であり、ヒトでの効果や安全性を保証するものではない点には注意が必要です。
著者:Fengting Zeng(School of Clinical Medicine, Chengdu University of Traditional Chinese Medicine, Chengdu, People's Republic of China)、Xiaoxu Fu(Department of Endocrinology, Hospital of Chengdu University of Traditional Chinese Medicine, Chengdu, People's Republic of China)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Fengting Zeng, Xiaoxu Fu. Gut Microbiota-Mediated Mechanisms of Traditional Chinese Medicine in Obesity Management. ダイアビーティーズ・メタボリック・シンドローム・アンド・オビーシティ (2026). DOI: 10.2147/dmso.s612235. 原著ライセンス: cc-by-nc.