著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
鉄の「不足」と「過剰」をつなげて捉える
鉄は、酸素を運ぶヘモグロビンの材料になるほか、細胞のエネルギー産生、DNAの合成、免疫の調節、多くの酵素の働きに関わる必須の微量栄養素です。一方で、鉄が不足すると貧血などにつながり、多すぎても酸化反応を通じて体に害を及ぼし得ます。そのため体内の鉄の量と分布(鉄恒常性)は、腸からの吸収、古くなった赤血球からの再利用、貯蔵などの仕組みによって厳密に調節されています。
著者らはこの総説(既存研究を整理・評価する論文)で、食事による鉄の吸収、炎症による鉄代謝の変化、感染症との関わり、鉄補給の利点と限界という、これまで個別に語られがちだった話題を一つの流れとして整理することを目指しました。
体内の鉄はどこから来て、食事で何が変わるのか
論文によると、成人の体内には約3〜4グラムの鉄があり、その多くは赤血球のヘモグロビンに含まれています。毎日の赤血球づくりに必要な鉄20〜25ミリグラムの大部分は、マクロファージ(古い細胞を取り込んで処理する免疫細胞)が古い赤血球から回収した鉄でまかなわれ、食事から吸収される鉄は1日1〜2ミリグラムほどで、生理的な損失を補う役割にとどまるとされます。
食事中の鉄には、肉や魚介類に含まれる「ヘム鉄」と、植物性食品などに多い「非ヘム鉄」があります。著者らがまとめた報告では、ヘム鉄の吸収率は25〜30%、非ヘム鉄は3〜5%とされ、非ヘム鉄は食事中の他の成分の影響を受けやすいと説明されています。ビタミンCは非ヘム鉄の吸収を助ける一方、穀物や豆類に含まれるフィチン酸、茶やコーヒーに含まれるポリフェノールは吸収を妨げます。紹介された研究の一つでは、鉄を強化したパンを茶と一緒にとると、貧血の女性でも健康な女性でも鉄の吸収が85%低下したと報告されています。
ただし著者らは、ビタミンCを鉄剤に加えても鉄欠乏性貧血患者の血液指標が有意に改善しなかった臨床試験も紹介し、この点にはさらなる研究が必要だとしています。また、菜食の人は貯蔵鉄の指標であるフェリチンが低い傾向があるものの、菜食を直ちに貧血と結びつけることはできず、鉄の状態を注意深く確認することが重要だと述べています。
炎症と感染が鉄の流れを変える
著者らが中心に据えるのが、肝臓で作られるホルモン「ヘプシジン」と、細胞から血液へ鉄を送り出す輸送体「フェロポルチン」の関係です。炎症が起こるとIL-6などの物質がヘプシジンを増やし、ヘプシジンがフェロポルチンを分解させることで、腸からの吸収や貯蔵鉄の放出が抑えられ、血液中の鉄が減ります。この状態が慢性的に続くと「炎症性貧血」につながるとされます。論文では、セリアック病や炎症性腸疾患、加齢に伴う慢性的な炎症、妊娠など、鉄のバランスが変化する状況についてもこの仕組みとの関わりから整理されています。
感染症の場面では、体が鉄の利用しやすさを下げて病原体の増殖を抑える「栄養免疫」が働きます。論文によれば、この現象は1946年に、黄色ブドウ球菌を接種した後48時間以内に宿主の鉄濃度が大きく下がったことで初めて示されました。ただし著者らは、これが「感染のパラドックス」を生むと指摘します。血液中の鉄を減らすことは細胞の外で増える細菌には不利に働く一方、鉄がマクロファージの中にため込まれることで、サルモネラや結核菌の仲間など細胞内で生きる病原体には有利になり得て、免疫細胞の増殖も妨げられ得るというものです。
鉄補給と感染リスクについては、動物モデルで静脈からの鉄投与が敗血症の経過を悪化させた報告がある一方、人では高用量の静脈投与と死亡率上昇との明確な関連は確立していないと論文はまとめています。また、口から多量の鉄をとると、吸収されなかった鉄が腸内細菌のバランスを乱し得ることや、胃腸の不調、酸化ストレスといった課題も取り上げられています。
鉄を「足せばよい栄養素」ではなく、つながりの中で見る
著者らは、鉄代謝を栄養、免疫の調節、腸内などの微生物環境、治療をつなぐ動的なネットワークとして捉えるべきだと結論づけています。鉄不足を補うことは大切ですが、その人の炎症や感染の状態、腸の環境によって鉄の働き方は変わり得ます。こうした相互作用を総合的に理解することが、腸の健康や感染防御を損なわずに鉄欠乏を正す、個々人に合わせた鉄補給の考え方につながり得ると、この総説は示しています。
著者:Özge Mert(Institute of Health Sciences, Izmir Katip Celebi University, Izmir, Türkiye)、Seray Saday(Department of Pharmaceutical Microbiology, Faculty of Pharmacy, Izmir Katip Celebi University, Izmir, Türkiye)、Aybala Temel(Department of Pharmaceutical Microbiology, Faculty of Pharmacy, Izmir Katip Celebi University, Izmir, Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Özge Mert, Seray Saday, Aybala Temel. Iron homeostasis at the interface of nutrition, infection, and iron supplementation. Frontiers in Nutrition 2026-10-01. DOI: 10.3389/fnut.2026.1943495. 原著ライセンス:CC BY.