加齢に伴って筋肉量や筋力が低下する「サルコペニア」は、単に運動不足や筋タンパク質の合成能力が落ちることだけが原因ではないと考えられています。食欲不振による栄養摂取量の低下、代謝の乱れ、細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリアの機能不全、慢性的な炎症、神経筋の機能低下、身体活動量の減少など、複数の要因が絡み合って進行するとされています。こうした背景から、食欲や栄養の取り込み、疲労感、代謝面での回復力、身体機能など、複数の側面に働きかける介入がサルコペニア対策として注目されつつあります。今回紹介する論文は、日本の伝統的な複合生薬製剤である「漢方医学」を、こうした多面的なサルコペニア対策の選択肢の一つとして位置づけられるかどうかを、これまでの研究をまとめて検討したものです。

研究でわかったこと

この研究は、実際に新しい実験を行ったものではなく、サルコペニア、フレイル(虚弱)、悪液質、栄養関連の筋肉減少、腸と筋肉の関係、システム薬理学、そして代表的な医療用漢方製剤に関するこれまでの臨床・基礎研究の論文を収集し、内容を整理する「ナラティブレビュー」という手法で行われました。PubMed、Scopus、Web of Scienceという学術データベースを用い、データベースが開始された時点から2026年5月までの文献が検索されています。

整理の結果、サルコペニアはフレイルや悪液質と、慢性炎症、ミトコンドリア機能の低下、筋タンパク同化に対する抵抗性、食事摂取量の減少、疲労感、神経筋の機能異常といった特徴を共有していることが確認されました。そのうえで、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)といった漢方処方が、食欲の調節、経口摂取、炎症バランス、腸内細菌に関連する経路、代謝面での回復力、身体機能の支援など、サルコペニアに関連しうる複数の領域と結びつく可能性が報告されていることが確認されました。

ただし論文では、標準化されたサルコペニアの診断基準や、検証済みの評価指標を用いてこれらの漢方処方の効果を直接的に検証した臨床研究は、依然として限られていると述べられています。これまでの知見の多くは、サルコペニアそのものを対象にしたものではなく、食欲や炎症、ミトコンドリア機能といった関連する領域を間接的に示すものにとどまっているとされています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この論文自体は、既存の文献を整理・検討したレビュー(総説)であり、新たな臨床試験の結果を報告するものではありません。そのため、ここで名前が挙がった漢方処方がサルコペニアの予防や改善に効果があると断定するものではなく、あくまで今後の研究の仮説を生み出すための整理という位置づけです。論文の結論でも、漢方医学は現時点では単独の確立された治療法としてではなく、多面的なサルコペニアケアの中で仮説を提示する、栄養に関連した補完的なアプローチとして捉えるのが適切だとされています。今後は、標準化された診断基準や事前に定めたサルコペニアに関する評価項目、安全性の綿密なモニタリング、透明性のある報告方法を用いた研究が必要だと述べられています。

まとめ

今回紹介した論文は、サルコペニアが食欲不振やミトコンドリア機能の低下、慢性炎症など複数の要因によって進行する複雑な状態であることを踏まえ、人参養栄湯や六君子湯といった漢方処方がこれらの関連領域に働きかける可能性を、これまでの研究をもとに整理したものです。一方で、サルコペニアそのものを対象とした直接的な臨床エビデンスはまだ限られており、著者らも漢方医学を仮説生成的な補完的アプローチとして位置づけています。一つのレビュー論文であり、結論が確定したものではない点に留意しながら、今後の研究の進展を見守りたいテーマといえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:サルコペニアに対する栄養関連の多標的介入としての漢方医学:食欲、ミトコンドリア機能、およびフレイル-サルコペニア-悪液質連続体への示唆(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)