著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Biology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
中国の沿岸漁業では、ガザミ属(Charybdis属)の遊泳ガニが小規模漁業者にとって重要な漁獲対象になっています。今回紹介する研究は、南黄海と東シナ海に生息する近縁の3種、フタホシイシガニ(Charybdis bimaculata)、イボイソガニに近いCharybdis japonica(和名の記載は原文になし)、そしてCharybdis milesを対象に、季節ごと・年ごとにどの海域を好んで生息しているのかを大規模なトロール調査で明らかにしたものです。3種は見た目も分類も近い仲間ですが、水深や水温、塩分の好みが実は大きく異なるのではないか、という問いに取り組んでいます。
3年間・8回の航海で得られたデータをもとに生息適地を地図化
研究チームは2018年から2021年にかけて、調査船「中科漁211」「中科漁212」を用いて南黄海・東シナ海(北緯26度30分~35度00分、東経120度00分~127度00分)で春・夏・秋・冬の計8回の底びき網調査を実施しました。調査地点は緯度・経度30分間隔の格子状に設定され、各地点で1時間のトロール曳網を1回行い、捕獲した個体を種ごとに計数・秤量しています。あわせて水深、海底の水温・塩分、海表面の水温・塩分をCTD(電気伝導度・水温・水深)測定器で記録しました。捕獲量は「単位努力量あたり漁獲量(CPUE)」として重量ベース(g/時間)と個体数ベース(尾/時間)の両方で算出されています。
解析には統計モデルの一般化加法モデル(GAM)とブースト回帰木(BRT)という2つの手法が使われ、水温・塩分・水深などの環境条件をもとに、各地点・各季節での「生息適性指数(HSI)」を算出して細かい解像度の分布地図を作成しました。HSIが0.7以上は「高適地」、0.4~0.7未満は「中適地」、0.4未満は「不適地」と区分されています。なお2019年1月の調査では2地点で環境データが欠損していたため、これらを除いた109地点のデータが解析に用いられたことも記録されています。
種によって驚くほど違う「好みの海」
解析の結果、3種は同じ海域に生息しながらも、明確に異なる環境を好むことが示されました。フタホシイシガニ(C. bimaculata)は水深10~115m、海底塩分29~35の範囲で見られ、海底水温8℃を下回ると出現しなくなる下限が確認されました。長江河口沖から江蘇省沖合(北緯32~34度、東経122~125度)に高適地が持続的に分布し、特に夏(8月)に最も広い適地が現れる一方、冬(1月)には適地が大きく縮小する季節パターンが見られています。またこの種は比較的浅く、水温が高めで、塩分の変動にも強い(広塩性の)環境を好む傾向が示されました。
C. japonicaは水深16~104mの沿岸浅海に多く、低塩分・低水温の河口・沿岸域を好む傾向が示され、秋(特に2018年・2021年の11月)に最も生息適性が高くなる一方、水温が上がる夏にはむしろ適性が低下するという、直感に反する結果が得られています。長江河口付近では個体数は多いが体重の軽い若い個体が多く、成長した大型個体は大沙漁場に留まる傾向も観察されました。
これに対しC. milesは、水温10℃を下回る海域では確認されず、高水温にも耐えられる広温性を示す一方、塩分に対しては選好が強く、高塩分の沖合深所を好み、低塩分の河口域にはほとんど生息しませんでした。水深が深いほど生息適性が高まる傾向も示されています。3種のうちC. milesの個体数変動は特に年ごとの差が大きく、統計検定(クラスカル・ウォリス検定)でも2018~2021年の間に有意な年変動が確認されました(カイ二乗値49.763、p値は0.05を大きく下回る水準)。一方、フタホシイシガニでは有意な年変動は検出されず、C. japonicaではぎりぎり有意な差が検出されたものの、年同士を個別に比較する事後検定では有意差は見られなかったと報告されています。
抱卵したメスの観察や甲幅の測定からは、産卵期にも種ごとの違いがあることが示唆されています。フタホシイシガニは4~5月と8~9月ごろに抱卵個体が見られ、大沙漁場や舟山・漁山周辺が産卵場とみられること、冬には小型個体が多く春から夏にかけて甲幅が大きくなる傾向などが記録されています。
この研究を読むうえでの注意点
著者らは論文中でいくつかの限界を明記しています。まず、季節ごとの調査年が揃っておらず、冬季の調査は2019年1月のみ、秋季調査は2018年11月と2021年11月~2022年1月のみといった具合に、季節間でサンプリングの年が不均等である点です。このため季節による違いと年による違いが一部混ざり合っている可能性が残ります。また、モデルの妥当性検証はすべて同じ調査データを使って行われており、独立した外部データでの検証は行われていないため、未調査海域に対する予測の不確実性は実際より低く見積もられている可能性があると著者らは述べています。
この研究は中国の東シナ海漁業研究所(上海)を中心に、中国海洋大学、浙江海洋大学、黄海水産研究所の研究者が参加した調査で、日本の研究機関や日本の食との直接的な関わりについては、提供された情報の範囲では言及されていません。
まとめ
この研究は、見た目が似た3種の遊泳ガニが、水深・水温・塩分という環境条件に対してそれぞれ異なる「好み」を持ち、季節ごとに生息海域を変えていることを、3年間にわたる標準化されたトロール調査と統計モデルによって示したものです。著者らは、こうした種ごと・季節ごとの生息適地の違いを踏まえた、地域や時期を細分化した禁漁期の設定が資源の持続的な管理に役立ちうると述べています。ただし本研究は特定の海域・期間のデータに基づく一つの調査研究であり、外部データによる検証は今後の課題として残されています。
原著論文の著者・所属:Min Xu(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Yong Liu(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Hongmei Li(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Hongmei Li(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Qi Zhao(Fisheries College, Ocean University of China, Qingdao 266003, China)、Lijian Xue(School of Fisheries, Zhejiang Ocean University, Zhoushan 316022, China)、Qiang Wu(Yellow Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Qingdao 266071, China)、Jianzhong Ling(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Huiyu Li(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)、Huiyu Li(East China Sea Fisheries Research Institute, Chinese Academy of Fishery Sciences, Shanghai 200090, China)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Min Xu, Yong Liu, Hongmei Li, et al. Spatiotemporal and Interannual Habitat Variability of Three Charybdis Swimming Crab Species (Brachyura: Portunidae) in the Southern Yellow Sea and East China Sea. バイオロジー (2026). DOI: 10.3390/biology15161406. 原著ライセンス: cc-by.