著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Israeli Journal of Aquaculture - Bamidgeh
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
私たちが食べる魚介類の多くは、周囲の水温によって体温が変わる「変温動物」です。地球温暖化によって水温が上昇すると、こうした水生生物の体の中では何が起きるのでしょうか。今回紹介する研究は、日本でもよく食されるガザミ(Portunus trituberculatus、いわゆるワタリガニの仲間)を対象に、水温の違いが腸内の組織や細菌叢(腸内フローラ)にどのような影響を与えるかを調べたものです。人間の腸内環境と食事や健康との関係が注目されているのと同じように、水産養殖の現場でも、飼育する生き物の腸内環境は消化や代謝と深く関わると考えられており、地球温暖化が進む中でその変化を知ることは養殖業にとっても関心の高いテーマです。
研究でわかったこと
研究チームは、20℃・23℃・26℃・29℃という4段階の水温でガザミを飼育し、腸の組織切片を顕微鏡で観察する方法(HE染色)と、腸内細菌のDNAを解析する方法(16S rRNA高スループットシーケンシング)を用いて調べました。
その結果、消化能力の指標とされる「腸管重複部」の長さと幅は、26℃・29℃の高温群で、20℃・23℃の低温群よりも有意に大きくなっていたと報告されています。
腸内細菌については、4つの温度群でそれぞれ307、326、478、354種類の代表的な細菌配列(ASV)が検出されました。多様性を分析したところ、細菌の豊富さや多様性は26℃・29℃の高温群で20℃・23℃の低温群より有意に高い傾向が見られました。特に豊富さは29℃で最大となった一方、多様性の指標は29℃で26℃よりやや低下したものの、低温群と比べると高い水準を保っていたとされています。また、細菌叢全体の構成の違いを見る解析でも、高温群は低温群よりも多様性が高いという結果でした。
細菌の種類を見ると、門(もん)のレベルではProteobacteria(プロテオバクテリア門)、Fusobacteriota(フソバクテリア門)、Firmicutes(フィルミクテス門)の3つが優勢で、これらでガザミの腸内細菌全体の90%を占めていたとされています。属レベルでは、29℃群においてPhotobacterium、Hypnocyclicus、Bacteroides、Muribaculaceae、Citrobacterといった細菌の存在量が他の群より高く、このうちBacteroidesは脂質代謝に関わる細菌とされています。さらに、遺伝子機能を分類するKEGG解析では、「消化器系」や「輸送と異化(物質を分解する働き)」に関連する経路で、高温群において細菌の存在量が有意に高いことが示されました。
これらを総合し、研究チームは、26℃・29℃といった高めの水温が腸管重複部の長さと幅を有意に増加させ、腸内細菌の構成、とりわけ消化・代謝機能に関わる細菌群を変化させたとまとめています。そして、こうした腸の構造と細菌の機能の変化が、ガザミの生理代謝全体に影響を及ぼした可能性があるとしています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この記事で紹介した内容は、あくまで今回の実験条件(4段階の水温、特定の解析手法)のもとで得られた結果であり、一つの研究として報告されたものです。水温と腸内細菌の変化の間に関連が見られたとされていますが、これが具体的にガザミの健康や成長、味などにどうつながるかについては、この要旨だけでは言及されていません。地球温暖化と水生生物への影響を考えるうえでの一つの知見として捉えるのが妥当でしょう。
まとめ
今回紹介した研究では、ガザミを異なる水温で飼育すると、腸の構造(腸管重複部の大きさ)と腸内細菌の多様性・構成が変化し、特に消化や代謝に関わる細菌群が高温側で増える傾向にあることが示されました。水温という一見単純な環境要因が、生き物の体内の目に見えない世界にまで影響しうるというのは、なかなか興味深い視点ではないでしょうか。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):温度依存的なガザミ(Portunus trituberculatus)腸内細菌叢の変化(イスラエル水産養殖学誌(バミッジェ)・2026年07月)
著者:Meihui Huo(Jiangsu Key Laboratory of Marine Bioresources and Environment, Jiangsu Ocean University, China)、Gaoyuan Yuan(Jiangsu Key Laboratory of Marine Bioresources and Environment, Jiangsu Ocean University, China)、Qingyuan Liu(Jiangsu Key Laboratory of Marine Bioresources and Environment, Jiangsu Ocean University, China)、Tong Li(Jiangsu Key Laboratory of Marine Bioresources and Environment, Jiangsu Ocean University, China)、Litao Wan(Zhejiang Marine Fisheries Research Institute, Key Laboratory of Mariculture & Enhancement of Zhejiang Province, Zhoushan, China)、Si Chen(Jiangsu Key Laboratory of Marine Bioresources and Environment, Jiangsu Ocean University, China)、Zhiguo Dong(Co-Innovation Center of Jiangsu Marine Bio-industry Technology, Jiangsu Institute of Marine Resources Development, Lianyungang 222005, China)、Meimei Liu(Co-Innovation Center of Jiangsu Marine Bio-industry Technology, Jiangsu Institute of Marine Resources Development, Lianyungang 222005, China)、Jie He(Zhejiang Marine Fisheries Research Institute, Key Laboratory of Mariculture & Enhancement of Zhejiang Province, Zhoushan, China)