この研究は、トルコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
月経前症候群(PMS)は、月経前の時期に現れ、月経の開始とともに和らぐ心身の不調のことを指します。腹痛や腰痛、頭痛、むくみ、食欲の変化といった身体的な症状から、不安、いらだち、気分の落ち込み、疲労感まで幅広い症状が含まれます。論文によると、生殖年齢の女性における世界的な有病率は47.8%で、このうちおよそ20%は日常生活に支障が出るほど重い症状を経験すると報告されています。原因は十分に解明されていませんが、著者らは、中枢神経系の神経伝達物質と性ホルモンのバランスの乱れが最も広く受け入れられている考え方であり、そこに水分貯留や微量栄養素の不足、ストレス、遺伝的・心理社会的な要因が関わるという見方を紹介しています。
この研究チームが着目したのは、食事とPMSの関係です。既存の研究では、食事の質や食べ方のパターンとPMSの有無・重さとの関連が示されてきました。そこで著者らは、寮に住む女子大学生を対象に、6週間にわたってオンラインで栄養教育を届け、その期間の前後でPMS症状の重さ、栄養知識の水準、食行動に関する得点がどう変化するかを調べました。あわせて、PMS症状の変化と、栄養知識や食行動の変化との間に関連があるかどうかも検討しています。ただし著者らは、この研究には比較対照となるグループが存在しないため、介入の効果を検証するものではなく、あくまで前後の変化を記述するものだと明記しています。
何をどう調べたか
調査はトルコ・イスタンブールの女子学生寮で行われ、18〜25歳の学生が自発的に参加しました。最初の調査と6週間後の追跡調査の両方を完了したのは112人です。持病や特別な食事療法がないこと、食べる動作に影響する疾患や精神科の診断・服薬がないことが参加の条件とされました。著者らは、これらの条件を除外基準に含めた理由として、食べる機能の問題は栄養教育後に食の選択を変える力そのものを制限しうること、精神科的な診断や向精神薬は月経前症状の訴え方や食欲・食行動に影響することが知られていることを挙げています。
栄養教育はWhatsApp(メッセージアプリ)のグループを通じて行われました。6週間で計42枚の情報カードが、1日1枚のペースで共有されています。内容は週ごとにテーマが設定され、第1週は十分でバランスのとれた食事の基本、第2週は月経周期と各時期の栄養必要量、第3週はカルシウム・マグネシウム・ビタミンB6・ビタミンDといった月経前症状と関連が指摘されている微量栄養素、第4週は食習慣や食事の規則性・欠食、第5週は月経前と月経中の栄養と症状への対処、第6週は実践的な献立作りとよくある質問、という構成でした。カードの科学的な内容は管理栄養士でもある著者らが信頼できる資料に基づいて作成し、資料と照合できない記述は修正または削除したと述べられています。画像は生成AIツールで作られましたが、科学的内容の作成には用いていないことが明記されています。任意の質疑応答の時間も毎週用意されましたが、参加者からの質問は寄せられませんでした。
測定には、トルコ語で妥当性が確認された3つの質問紙が使われました。主要な評価指標は月経前症候群尺度(PMSS)の合計得点で、抑うつ気分、不安、疲労、いらだち、抑うつ的思考、痛み、食欲の変化、睡眠の変化、むくみという9つの下位領域からなります。副次的な指標は、成人向けの栄養知識水準尺度(NKLSA)と、食行動を測る質問紙EAT-26、そしてPMSSの基準値に達した人の割合でした。著者らはEAT-26について、これは摂食障害に関連する態度や行動をふるい分けるための道具であって、一般的な食生活の内容や「健康的な食事」を測るものではないと注意を促しています。また、この研究では食事の摂取量や食事の質そのものは測定していません。
報告された主な結果
まず栄養知識については、教育の前後で統計的に意味のある変化は見られませんでした(53.20点から52.65点、p = 0.409)。食行動を測るEAT-26の合計得点も、10.68点から11.16点へと変化しましたが、こちらも統計的に有意ではありませんでした(p = 0.654)。
一方、主要な指標であるPMSSの合計得点は、6週間の期間を通じて有意に低下しました。平均して14.28点の減少(95%信頼区間 5.60〜22.96、p = 0.001)で、効果の大きさを表すCohenのdzは0.31(95%信頼区間 0.12〜0.50)と報告されています。下位領域ごとに見ると、抑うつ気分、不安、疲労、いらだち、抑うつ的思考、痛み、睡眠の変化、むくみの8領域で、多重比較の補正(Benjamini–Hochberg法)後も有意な低下が残りました。数値上もっとも大きかったのは抑うつ気分(dz = 0.38)とむくみ(dz = 0.33)でした。ただし著者らは、下位領域の効果量の信頼区間は互いに大きく重なっており、どの領域が特に反応しやすいとは言えないと述べています。さらに、より厳しい補正方法(Holm–Bonferroni法)を用いると、疲労、いらだち、睡眠の変化の3つは通常の有意水準に達しなくなるため、暫定的な結果として扱うべきだとしています。食欲の変化の領域だけは、有意な変化が見られませんでした。
PMSSの基準値に達した参加者の割合は、教育前の58.9%(66人)から教育後の49.1%(55人)へと9.8ポイント下がりましたが、この差は統計的に有意ではありませんでした(p = 0.108)。なお著者らは、この基準値を超えることは臨床的な診断を意味するものではなく、あくまで質問紙上の目安に達したという意味だと繰り返し断っています。
変化どうしの関連については、PMSSの変化と栄養知識の変化の間に関連は認められませんでした(r = 0.001)。PMSSの変化とEAT-26の変化の間には弱い正の相関が見られましたが(r = 0.187、p = 0.048)、著者らはこれが分散の約3.5%を説明するにすぎず、複数回行った探索的な検定の一つで多重比較の補正には耐えないため、仮説を生み出すための所見としてのみ報告すると明記しています。喫煙の有無や体格指数(BMI)で分けた分析も行われていますが、これらは事前に計画されたものではなく検出力も不足しているため、同じく探索的な位置づけだとされています。
この報告が示すこと
著者ら自身が、結論部分でこの研究の位置づけを慎重に説明しています。6週間のWhatsAppを用いた栄養教育の期間中に、自己申告による月経前症状の重さは有意に下がりましたが、その変化の幅は小さく、基準値に達した人の割合は前後で大きくは変わらず、そして何より対照群のない研究設計でした。そのため、これは前後で症状の訴えが変化したという予備的な所見であって、WhatsAppによる栄養教育がPMSの管理に有効な介入であることを示す証拠ではない、というのが著者らの結論です。観察された変化には、月経周期ごとの症状の自然な揺らぎ、平均への回帰、質問紙を繰り返し答えること自体の影響、期待やホーソン効果といった要因が寄与した可能性があると指摘されています。
知識と食行動の得点が動かなかったことについて、著者らは教育の届け方に注目しています。情報カードを一方的に共有する形式は受け身の接触にとどまり、質疑応答の機会は用意されたものの実際には利用されませんでした。教育心理学の知見では、読んだり眺めたりするだけの受動的な接触は、思い出す作業を伴う能動的な学習に比べて定着が弱いことが知られており、6週間の受動的な教材提供では知識の獲得に足りなかった可能性があると論じられています。またEAT-26については、摂食障害に関する態度を測る道具である以上、日常の食習慣に焦点を当てた栄養教育で得点が動くとは元々期待しにくく、変化がなかったことを「食行動が変わらなかった」と読み替えてはならないとも述べられています。
著者らは、利用しやすいデジタル基盤を通じた栄養教育を、PMSへの補完的なアプローチとしてさらに評価していく価値があると位置づけました。そのうえで、対照群を置いた研究、月経周期の時期をそろえた測定、食事摂取量や教材への接触度合いの把握、そしてより双方向性のある構成要素を備えた検証が求められると整理しています。手軽なメッセージアプリを使った健康教育という身近な試みについて、何が観察され、そこから何を言えて何を言えないのかを丁寧に線引きした報告だと言えます。
著者:Esra Tansu Sarıyer(Department of Nutrition and Dietetics, Graduate School of Health Sciences, Acibadem Mehmet Ali Aydinlar University, 34752 Istanbul, Turkey)、Murat Baş(Department of Nutrition and Dietetics, Faculty of Health Sciences, Acibadem Mehmet Ali Aydinlar University, 34752 Istanbul, Turkey)、Hatice Çolak Çetinkaya(Department of Nutrition and Dietetics, Institute of Health Sciences, Erciyes University, 38030 Kayseri, Turkey)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Esra Tansu Sarıyer, Murat Baş, Hatice Çolak Çetinkaya. Changes in Premenstrual Syndrome Severity, Nutrition Knowledge, and Eating Attitudes Following Online Nutrition Education in Female University Students: An Uncontrolled Single-Arm Pretest–Posttest Study. Nutrients 2026-09-03. DOI: 10.3390/nu18172893. 原著ライセンス:CC BY.