この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food chemistry: X
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
食品に含まれる油脂は、保存や加工の過程で酸素と反応して劣化します。これを防ぐために合成の酸化防止剤が使われてきましたが、食品そのものに由来する天然の代替物を探す研究が進んでいます。その候補の一つが「抗酸化ペプチド」です。ペプチドとはタンパク質が短く切り分けられた断片で、アミノ酸が数個つながったものを指します。一部のペプチドは、劣化反応の引き金となるラジカル(反応性の高い不安定な分子)を捕らえる性質を持つことが報告されています。
著者らが着目したのは、エンドウ(Pisum sativum L.)のタンパク質です。エンドウは植物性タンパク質の供給源として重要性を増しており、酵素でタンパク質を分解することで機能性をもつペプチドが得られることはすでに知られていました。しかし論文によれば、エンドウ由来の抗酸化ペプチドについては、配列・分子構造・電子的な反応性・作用の仕組み・実際の油脂食品での働きという一連の関係を体系的に理解する研究が限られていました。そこで研究チームは、エンドウタンパク質から未報告のペプチドを探し出し、その分子レベルの性質を調べ、さらに実際の油で性能を確かめることを目的としました。
何をどのように調べたか
研究チームはまず、脂質を除いたエンドウタンパク質を2種類の酵素で分解し、得られた混合物を分子の大きさで3つに分けました。分子量1 kDa未満の画分が最も高い抗酸化活性を示したため、これをさらにゲルろ過クロマトグラフィーで精製し、質量分析によって含まれるペプチドの配列を特定しました。726本の配列が同定され、予測される生理活性・アレルギー性・毒性・物理化学的性質などをデータベースで絞り込んだ結果、これまで報告のない6配列が候補として残りました。そのうち予測活性が低かった1本を除いた5本(F1〜F5)を化学合成し、実験に用いています。
評価は実験と計算の両面から行われました。実験側では、DPPH・ABTS・ヒドロキシルラジカルという3種類のラジカルを使った捕捉能の測定、紫外可視吸収・蛍光・円二色性・赤外分光による構造の観察、電子顕微鏡による形態の観察が実施されました。計算側では、AlphaFold 3による立体構造の予測、酸化ストレス防御に関わるタンパク質Keap1との結合を予測する分子ドッキング、電子の与えやすさや反応しやすい原子部位を調べる量子化学計算、そして結合状態の安定性を時間を追って追跡する分子動力学シミュレーションが行われました。最後に、不飽和脂肪酸を多く含み酸化しやすいクルミ油にペプチドを0.075%加え、60 °Cで10日間の加速酸化試験にかけています。
報告された主な結果
ラジカル捕捉能は、ペプチドごと、また測定方法ごとに異なりました。DPPHとヒドロキシルラジカルではF2(APGPIWTP)が最も高く、それぞれ95.81%、50.20%でした。一方ABTSではF5(TPPGIPYW)が87.50%で最も高く、F1(GIPYWTY)が78.93%で続きました。すべての系統で一律に優れたペプチドは存在せず、著者らは、抗酸化の働きが分子量だけでなく配列やアミノ酸の組み合わせ、反応しやすい残基の露出度に左右されることを示すものと述べています。
計算側では、5本すべてがKeap1に対して良好と予測される結合エネルギー(−10.1〜−8.5 kcal/mol)を示し、中でもF1が最も良好な値(−10.1 kcal/mol)でした。量子化学計算では、F1が最も小さいHOMO-LUMOエネルギー差(4.984 eV)を示しました。これは電子が動きやすく、電子的な反応性が相対的に高いことを示唆する指標です。これらを総合して、著者らはF1を代表候補として選びました。F1とKeap1の複合体について100ナノ秒の分子動力学シミュレーションを行うと、Keap1の全体構造は大きく崩れずに保たれ、MM/PBSA法による結合自由エネルギーの推定値は−36.73 kJ/molと、結合に有利な値となりました。ただし著者らは、これらは計算上の結合可能性を示すものであり、Keap1/Nrf2経路が実際に活性化されることをそれ自体で証明するものではないと明確に注記しています。
クルミ油での試験では、過酸化物価(POV)と酸価(AV)がいずれも時間とともに上昇しましたが、F1を加えた油では対照群に比べてその上昇が有意に抑えられました。油のラジカル捕捉能も酸化の進行とともに低下しましたが、F1を加えた場合は部分的に保たれました。一方、二次的な酸化生成物であるマロンジアルデヒド(MDA)の量については、10日間を通してF1添加群と対照群に有意な差は認められませんでした。著者らはこれを、一次生成物である過酸化物と、その分解後に生じる二次生成物とで生成の時間的な進み方が異なるためと説明しています。
この研究が示すこと
この研究は、エンドウタンパク質という身近な植物性素材から未報告の抗酸化ペプチドを取り出し、ラジカル捕捉の実測から電子構造の計算、さらに実際の油脂での挙動まで、異なる層の情報を一つにつなげて示したものです。配列によって得意なラジカルが異なるという結果は、抗酸化ペプチドを単一の指標で順位づけることの難しさを浮かび上がらせます。
そのうえで著者らは、GIPYWTYが加速酸化条件下でクルミ油の劣化を遅らせたことから、脂質を含む食品系における酸化劣化の抑制に向けた有望なエンドウ由来ペプチド候補であると結論づけています。
著者:Peng J(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.; College of Agronomy and Biotechnology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)、Qi T(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)、Lin Q(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)、Zhang X(College of Agronomy and Biotechnology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)、Wang Y(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)、Bao Y(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, Yunnan, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Peng J, Qi T, Lin Q, et al. Discovery and molecular insights of a novel pea-derived antioxidant peptide: From quantum chemical insights to oxidative stability of walnut oil. Food chemistry: X 2026-09-18. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104474. 原著ライセンス:CC BY.