著者の所属・活動拠点の国は、ケニアです。

掲載誌:East African Journal of Traditions Culture and Religion

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

研究の目的

ケニア西部では、自給のための農業が長く人々の暮らしを支えてきました。本論文は、この地域に住むバントゥー系言語集団ルイヤの中で最大の集団とされるブクス(Babukusu)の人々を取り上げています。調査の対象は、農業を中心とする暮らしを支えた道具や技術、つまり「物質文化」です。論文はこれらが植民地化以前から英国の植民地期にかけてどのように変わったのかを調べました。

著者が掲げた問いは「ブクスの物質文化と農業技術は、植民地化以前から植民地期にかけてどのように変化したのか」です。研究の目的は三つあります。植民地化以前の農業技術を調べること、植民地期の変化を評価すること、そして農業技術と宗教・自然環境・社会との結びつきを分析することです。

どのように調べたか

研究は、数値の集計ではなく、聞き取りや観察から意味を読み解く質的な方法で行われました。ブンゴマ郡シリシア地区で現地調査を行い、ブクスの農業技術に詳しい70歳以上の人々23人に対面で詳しく話を聞いています。内訳は女性13人、男性10人です。農業の道具の多くを女性が作り、使ってきたことから、著者は男女の偏りが出ないよう意識して協力者を選んだと説明しています。

聞き取りに加えて、道具の現地観察や図書館・オンラインの文献の分析も行い、集めた情報をテーマごとに整理しました。解釈の枠組みには「社会構築理論」が用いられています。これは、技術と社会が互いに影響し合って形づくられるとみる考え方です。著者は、技術の発達が社会の変化を一方的に決めるとする見方よりも、儀礼や信仰、暮らしの場と結びついたブクスの技術をうまく捉えられるとしています。

植民地化以前の暮らしを支えた道具

論文によると、植民地化以前のブクスは、石・鉄・木・小枝・ひょうたん・粘土など身近な素材から多様な道具を作っていました。20世紀に近い時期になっても、石の道具が使われ続けていたといいます。代表的なのは、平たい大きな石の上で小さな石を動かし、シコクビエやモロコシを粉にする石臼です。粉ひきは主に女性の仕事で、5キログラムの穀物を細かい粉にするのに平均でおよそ1時間かかったと報告されています。

くわ・ナイフ・山刀・鎌などの鉄器は、土起こしから種まき、草取り、収穫まで幅広く使われました。鉄を作る技術は限られた氏族だけが受け継いでおり、厳しく守られていたといいます。弟子入りには長老による儀礼が必要でした。鉄製品は近隣集団との交易にも使われました。木製品では、くわの柄が男女で作り分けられていました。女性用は草取りに向いた軽くて短い柄、男性用は未開の土地を耕す衝撃に耐える長く重い柄です。

このほか、穀物の貯蔵や市場への運搬に使うかご、器やさじとして使うひょうたん、料理や水の保存、酒造りに使う土器が詳しく記録されています。かご作りは主に男性の技術で、かごは食料と交換される交易品でもありました。野菜を煮る小さな土器は口が狭く作られ、少ない熱で調理でき、調理後も長く温かさが保たれたと説明されています。

植民地期の変化と、この研究が示すもの

20世紀に入ると、英国の植民地経済の影響で状況が変わりました。輸入された鉄のくわや山刀、そして牛にすきを引かせる「牛耕」が広まり、自給のための農業は次第に売るための生産へ移っていったと論文は述べています。20世紀初めに持ち込まれたトウモロコシは、1930年代までにシコクビエとモロコシに代わって主食になりました。従来の石臼ではトウモロコシをひけなかったため、手回しの製粉機や水車式の製粉機が使われるようになり、第二次世界大戦後にはディーゼル式の製粉所がそれに取って代わったとされます。

一方で、論文は古い技術がすぐに消えたわけではない点にも触れています。要旨では、西洋の技術が入ってきた後も、植民地化以前の農業技術が植民地期まで受け継がれたと報告されています。結論では、輸入された鉄製の農具や機械によって在来技術が衰えたとしつつ、土器とひょうたんの技術は西洋技術に押されず、独立後の今日まで残っていると述べています。

この研究は、高齢者の記憶と現存する道具を手がかりに、ブクスの人々が素材や暮らしの必要に合わせて技術を工夫してきたことを描き出しています。あわせて、植民地化が農業と技術をどう変え、何が変わらずに残ったのかを具体的に示しています。

原著論文の著者・所属:Julius Nabende(Egerton University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Julius Nabende. Material Culture and Technologies that Characterised the Economic Systems of the Babakusu in Pre-Colonial and Colonial Periods. East African Journal of Traditions Culture and Religion 2026-09-12. DOI: 10.37284/eajtcr.9.1.5770. 原著ライセンス:CC BY.