この研究は、タイの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Veterinary Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
養殖ティラピアの顔にできる傷の原因を探る
ナイルティラピアはタイの淡水養殖で最も多く生産されている魚で、世界的にも生産量が大きく伸びている重要な養殖魚です。研究チームが注目したのは、この魚の頭部、とくに目の後ろあたりに傷がえぐれたような潰瘍ができる「慢性びらん性皮膚症(CED)」と呼ばれる病気です。
魚には、水の動きや振動、圧力の変化を感じ取る「側線」という感覚器官があり、その一部は頭部や体幹(胴体)を走る管の中に収まっています。この管を側線管と呼びます。CEDは、頭部と体幹の側線管を侵す慢性の病気で、さまざまな海水魚・淡水魚で報告されています。地下水の水質、過密飼育、栄養の偏り、特定の微生物などが要因として疑われてきましたが、決定的な原因は分かっていません。
著者らによると、タイの養殖場で見られたCEDは発生率が1%未満で、魚が死ぬこともありませんでした。しかし顔に変形が残るため商品価値が下がり、特に出荷サイズの魚では経済的な損失になります。そこで研究チームは、実際の発症例を詳しく調べたうえで、稚魚期の外部寄生虫(体表やえらに付く寄生虫)とCEDの関係を確かめる飼育試験を行いました。
発症した魚を詳しく調べる
研究チームは、2023年から2024年にかけてタイの2か所の養殖場で見つかった、体重0.1グラムの稚魚から900グラムの成魚までのCED発症例を調べました。池の水温や溶存酸素、アンモニアなどの水質は許容範囲内だったと報告されています。
細菌培養と遺伝子検査(PCR)では、ティラピアの主要な感染症を起こすウイルスや細菌は検出されませんでした。病変部の組織を顕微鏡で観察すると、皮膚の表皮・真皮やその下の筋肉の層が失われ、新しくできた傷あとのような組織に置き換わっていました。粘液を出す細胞(杯細胞)が目立って増えていた一方、炎症の反応は見られませんでした。著者らは、傷を作った過程はすでに終わっていたか、原因がなくなっていた可能性があると考察しています。
一方で、体重0.1グラムの稚魚では外部寄生虫の重い寄生が見られました。潰瘍のある稚魚15匹のうち13匹が重度の寄生と判定され、病変部を深く削り取った試料では15匹中14匹から、単生類と呼ばれる小さな吸虫やトリコジナという原生動物などの寄生虫の残骸が見つかりました。より大きな魚では寄生は少なかったと報告されています。
飼育試験:水槽と水を消毒すると潰瘍は現れなかった
これらの観察から、研究チームは稚魚期の外部寄生虫がCEDに関わっているのではないかと考え、ふ化場から移したばかりの体重約0.01グラムの稚魚3000匹を使った試験を行いました。処理群では、稚魚を入れる前に水槽を塩素剤で24時間消毒し、飼育水も塩素で処理しました。対照群では、沈殿物を除くためのミョウバン処理のみを行いました。
毎週各群から30匹ずつを調べたところ、対照群では潰瘍のある魚が1週目に30匹中9匹(30%)、2週目に12匹(40%)、3週目に8匹(27%)見つかりました。これに対し、処理群では3週間を通じて潰瘍は1匹も見られませんでした。対照群で潰瘍が生じるオッズ(なりやすさを示す指標)は、処理群と比べて週ごとに約22〜40倍と算出され、統計的に意味のある差とされています。
なお、処理群でも一部の稚魚からは外部寄生虫が検出されています。また著者ら自身、塩素処理は寄生虫を減らすだけでなく、微生物の不活化や有機物の分解などを通じて水質全体を改善し、魚のストレスを減らした可能性があると述べています。そのため、潰瘍が減った理由を寄生虫の除去だけに帰すことはできないとしています。
研究が示すこと
著者らは、CEDの決定的な原因はまだ確認されていないとしたうえで、ナイルティラピアにおいて外部寄生虫の寄生とCEDとの関連を示す初めての証拠を得たと結論づけています。側線管がまだ発達途中の幼い稚魚は傷を受けやすい可能性がある、というのが研究チームの考えです。
この研究は、顔の潰瘍という商品価値に関わる問題に対して、稚魚を受け入れる段階からの寄生虫対策と水槽・飼育水の衛生管理が重要であることを、現場の発症例と飼育試験の両面から示したものといえます。
著者:Pornpawit Tanpichai(Aquatic Animals Clinic, Faculty of Veterinary Medicine, Mahanakorn University of Technology, Bangkok 10530, Thailand)、Onanong Charoenwai(Graduate Program in Veterinary Science and Technology (VST) International Program, Faculty of Veterinary Science, Chulalongkorn University, Bangkok 10330, Thailand)、Sayamon Srisuwatanasagul(Department of Anatomy, Faculty of Veterinary Science, Chulalongkorn University, Bangkok 10330, Thailand)、Patharapol Piamsomboon(Department of Veterinary Medicine, Faculty of Veterinary Science, Chulalongkorn University, Bangkok 10330, Thailand)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Pornpawit Tanpichai, Onanong Charoenwai, Sayamon Srisuwatanasagul, et al. Chronic Erosive Dermatopathy (CED) Associated with Ectoparasite Infestation in Nile Tilapia Post-Larvae (Oreochromis niloticus Linnaeus, 1758). Veterinary Sciences 2026-10-08. DOI: 10.3390/vetsci13101052. 原著ライセンス:CC BY.