世界的に高齢化が進むなか、「健康に年を重ねる」ための素材探しが活発になっています。植物由来の抗酸化成分は既に広く研究されていますが、栽培に時間がかかり供給量にも限界があるため、代わりとなる持続可能な資源が求められてきました。そこで近年注目されているのが、昆虫です。繁殖サイクルが速く、環境負荷が低く、養殖コストも比較的抑えられることに加え、昆虫の体内にはたんぱく質やペプチドなど独自の生理活性成分が豊富に含まれています。今回紹介する研究は、過去20年分の関連論文を体系的に分析し、抗老化の可能性が指摘されている昆虫と、その有効成分、抽出技術の現状を整理したレビューです。
どのように調べたのか
研究チームは、Web of Science、Scopus、PubMedの3つの学術データベースを用い、2005年1月から2025年12月までに発表された論文を対象に文献の傾向分析(ビブリオメトリクス分析)を実施しました。関連キーワードで絞り込みと重複除去を行った結果、最終的に500本の論文(Scopus 249本、Web of Science 246本、PubMed 5本)が分析対象となり、これらには2097人の著者、949の研究機関、78の国・地域が関わっていたといいます。分析の結果、2005年にはわずか2本だった関連論文が2016年以降急増し、2017年には年間20本を超え、2022年には81本でピークを迎えました。2020〜2022年はコロナ禍の影響とみられる伸び悩みがあったものの、2025年には91本まで回復したと報告されています。頻出キーワードからは、老化・寿命・代謝・酸化ストレス・抗酸化活性・生理活性化合物・たんぱく質加水分解物といった語が研究の中心テーマであることが読み取れたとしています。
研究で挙げられた昆虫と成分
この分析では、コウチュウ目、バッタ目、ハチ目、チョウ目、ゴキブリ目、カメムシ目、ハエ目という7つの目に属する昆虫の中から、抗老化との関連が報告された32種が特定されました。中でも研究の蓄積が多いのは、カイコ(Bombyx mori)とチャイロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor、いわゆるミールワーム)だとされています。ほかにセイヨウミツバチ(Apis mellifera)、アメリカミズアブ(Hermetia illucens)、フタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)なども取り上げられています。
成分面では、たんぱく質・ペプチド、脂質、ポリフェノール、多糖類、微量元素の5カテゴリーに整理されています。例えば、カイコのセリシンたんぱく質を酵素分解して得た加水分解物は、ヒトの皮膚線維芽細胞で細胞内の活性酸素種(ROS)の蓄積を抑え、抗酸化酵素SOD2やカタラーゼの発現を高めたと報告されています。またカイコの蛹由来の加水分解物からは、SWFVTPFやNDVLFFという2種類のペプチド断片が同定され、酸化ストレスに対抗する働きが確認されたとしています。アメリカミズアブの幼虫に含まれるラウリン酸・オレイン酸・リノール酸などの脂肪酸は皮膚のバリア機能修復に、カイコの脂質に含まれるα-リノレン酸は全身の脂質バランス維持に関わる可能性が示されています。多糖類では、冬虫夏草の仲間であるPaecilomyces cicadaeから得られた多糖CP70がショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の抗酸化酵素の働きを高め、寿命の延長につながったと報告されています。
これらの成分を取り出す技術についても整理されており、超音波処理や高圧処理といった物理的抽出法、エタノールなどを使う溶媒抽出法、酵素や微生物を利用する生物学的手法(酵素分解や発酵)が比較検討されています。例えば、ミールワームのたんぱく質を超音波処理してから酵素分解すると、鉄キレート能やDPPHラジカル消去能(抗酸化力の指標の一つ)が高まったとされ、対象成分の性質に応じて手法を選び分ける必要があるとまとめられています。
体内で何が起きているのか、そして研究の限界
このレビューでは、昆虫由来成分が老化に関わるとされる複数の経路に働きかける可能性が挙げられています。具体的には、エネルギー代謝に関わるAMPK/SIRT経路、インスリン/IGF-1経路、細胞の成長や代謝を調節するmTOR経路といった、老化研究で注目される「栄養感知」の仕組みへの関与や、活性酸素の蓄積を抑える抗酸化酵素の活性化、慢性炎症の抑制などが動物モデルや細胞実験で報告されています。例えば、ミツバチの幼虫ロイヤルゼリー由来の加水分解物QBLEはショウジョウバエでmTOR経路に関わる働きを抑え、寿命を延ばしたとされています。
一方で著者らは、この分野にはいくつもの課題が残っていることも指摘しています。地球上で知られている昆虫種のうち、食用とされているのは約2000種にとどまり、薬用として詳しく研究されているのは全体の0.01%にも満たないとされ、資源としての活用はまだ限定的だといいます。また、研究対象となる昆虫種を選ぶ明確な基準がなく研究が断片的であること、成分の構造と働きの関係(構造活性相関)がまだ十分に解明されていないこと、動物を用いた検証が不足していること、品質を管理するための標準的な基準が確立されていないことなどが、実用化に向けたボトルネックとして挙げられています。研究チームは、今後はオミクス解析や人工知能、新しい送達技術などを既存の食品科学・医学の手法と組み合わせることで、こうした課題の解消が期待できるとしています。
まとめ
今回のレビューは、昆虫由来の成分が老化に関わる酸化ストレスや炎症反応に働きかける可能性を、これまでの研究をもとに整理したものです。ただし、これは特定の食品や成分がヒトの老化を防いだり改善したりすることを証明したものではなく、著者ら自身も動物実験レベルの検証がまだ不十分であることを課題として挙げています。今後、より厳密なヒトでの検証や品質管理の仕組みづくりが進むかどうかが、今後の実用化を占う鍵になりそうです。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Minghui Zhao, Weina Wang, Hongyu Lai, et al. Insect-Derived Anti-Aging Bioresources: Current Status, Bottlenecks, and Future Directions. インセクツ (2026). DOI: 10.3390/insects17080847. 原著ライセンス: cc-by.