著者の所属・活動拠点の国は、イギリスです。

掲載誌:People and Nature

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:魚の好みが狭まったのはいつか

魚介類はたんぱく質や微量栄養素の大切な供給源です。しかし英国では一人あたりの魚の消費量が国の健康指針に届いておらず、購入される魚もごく限られています。中心はタラ、ハドック(タラの仲間の白身魚)、サケ、エビ、マグロの5種類で、「ビッグファイブ」と呼ばれています。論文によると、これらの多くは海底を傷つける漁法や、環境への影響が指摘される養殖と結びついています。

こうした偏りは、供給の都合や手軽さ、消費者の根強い好みによる避けられない結果とみなされがちです。ところが、その好みがいつ、どのように形づくられたのか、昔から続いてきたものなのか、それとも途中で失われた多様性の結果なのかを示す実証的な資料はほとんどありませんでした。英国の購買データは期間が短いことが多く、長期の統計では魚が種類ごとに記録されていないこともあります。そこで著者は、家庭の料理文化を長期にわたって記録してきたレシピに着目しました。

何を調べたか:雑誌の約100年分の魚料理レシピ

分析対象は、1922年創刊で現在も続く月刊の家庭向け雑誌「英国版グッド・ハウスキーピング」です。1923年から2025年までについて、原則として各年代の3年分(末尾が3・4・5の年)の号を調べ、魚介類を使うレシピ1192件を集めました。1940年代は資料の欠落のため1947〜1949年を使い、2010年代は閲覧できなかったため分析から外しています。

レシピに材料や代用品として登場する魚の種類(「白身魚」のような総称も含む)を年代ごとに数え、それぞれの登場割合を比べました。どれだけ多くの種類が登場するか(種の豊富さ)に加え、少数の種類に偏らず均等に登場しているかを示す「シンプソンの多様度指数」も算出し、年代ごとの顔ぶれの違いを統計的に検定しています。

著者は、レシピは実際の消費量を測るものではないと強調しています。一方で、読者が見慣れていて手に入れられると想定された魚、つまりその時代の家庭料理で「当たり前」とされた魚を映す文化的な記録になると位置づけています。なお、ここでの多様性はレシピ上の呼び名の多様性であり、生物学的な種の多様性そのものではありません。

主な結果:1970年代を境に「ビッグファイブ」へ集中

期間全体では67の種類・分類が記録され、その半数近くは創刊直後の1920年代にすでに登場していました。1920年代から1960年代のレシピでは幅広い魚が使われ、特定の種類が一貫して優勢になることはありませんでした。しかし1970年代以降は、ビッグファイブが魚の登場回数全体の6割以上を占めるようになりました。

かつて目立っていたシタビラメなどのカレイ・ヒラメ類、ニシン、カキ、ロブスターは大きく減りました。一方でサケ、エビ(プローン)、マグロは定番として定着しました。小型のエビ(シュリンプ)は1970年代以降に減り、より大きなプローンに置き換わっています。サバやムール貝のように増えた種類もありました。

登場する種類の数そのものの減少傾向は統計的に有意ではありませんでした。しかし多様度指数は有意に低下しており、種類が消えたというより、少数の魚への偏りが強まったことが示されました。魚の顔ぶれは、1920〜1960年代と1980〜2020年代という比較的安定した二つの時期に分かれ、その間の1970年代は独自の構成でした。

料理のスタイルも変化しました。初期のレシピでは丸ごとの魚を扱うことが多く、「手に入る白身魚で」のように代用を勧める書き方も目立ちました。1950年代以降は下処理済みの切り身や冷凍・缶詰製品が増え、1980年代以降は輸入された魚が強調されるようになり、切り身を使う調理が主流になりました。

この研究が示すこと

著者は、カキやニシンがレシピから減った時期は英国近海での資源の崩壊や漁業の再編と重なる一方、これらは輸入や養殖によって市場には残っていたと指摘しています。逆にタラやハドックは近海で減ったにもかかわらず、遠洋漁業や輸入に支えられてレシピに登場し続けました。供給の変化がそのまま食卓の変化になるのではなく、どの魚が家庭料理の定番として受け入れられるかが、時代とともに形づくられてきたことがうかがえます。

この研究は、今日の英国の魚の好みの偏りが昔からの不変の伝統ではなく、主に20世紀後半に強まったものであることを、家庭向けの料理記事という身近な資料から描き出しました。魚の選び方を多様にする取り組みを考えるうえで、その文化的・歴史的な背景を知る手がかりになると論文は位置づけています。

著者:Ruth H. Thurstan(Centre for Ecology and Conservation University of Exeter Cornwall UK)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ruth H. Thurstan. Declines in the diversity of fish represented in British domestic recipes over the past 100 years. People and Nature 2026-10-12. DOI: 10.1002/pan3.70440. 原著ライセンス:CC BY.