掲載誌:Food science & nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
何を目的とした研究か
日本酒や黄酒のような米を原料とする醸造酒では、酵母をどう組み合わせて発酵させるかが、香りや味わいを大きく左右します。近年は、アルコール発酵の主役であるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae、いわゆる清酒酵母などの仲間)だけでなく、アルコールをつくる力は弱いものの独特の香り成分を生み出す「非サッカロミセス酵母」を組み合わせる混合発酵が注目されています。研究チームは、この混合発酵において「2種類の酵母を同時に入れるか、時間差をつけて順番に入れるか」という接種の戦略が、できあがる米酒の品質にどう影響するのかを調べました。
もう一つの柱が、セッコク(Dendrobium nobile Lindl.)という薬用植物です。論文によれば、この植物にはデンドロビウム・アルカロイド、多糖、フラボノイドといった生理活性をもつ成分が含まれることが知られています。著者らは、こうした薬用植物を発酵に加える試みがこれまで主に単一の酵母による発酵に偏っており、複数の酵母、とくに時間差で加える方法を用いた体系的な検討はほとんど報告されていないと述べています。そこで、貴州の伝統的な麹から分離・選抜された2株、Saccharomyces cerevisiae FBKL2.8022(Sc)と Wickerhamomyces anomalus FBKL2.8023(Wa)を用い、セッコクを加えた米酒づくりで接種戦略の違いを比べることを目的としました。
どのように調べたか
原料にはもち米を使い、蒸したのち糖化酵素などを加えて仕込みました。セッコクは粉末にして、もち米の重量に対して2%加えています。酵母は2株を合わせて一定量、ScとWaの数の比が10対1になるように接種し、30℃で発酵させました。
比較したのは4つの仕込みです。ScとWaを同時に接種したもの(SW)、それにセッコクを加えたもの(DnSW)、Waを先に5日間単独で発酵させてから5日目にScを加える「順次接種」(WS)、そしてそれにセッコクを加えたもの(DnWS)です。これらの比率や添加量、接種の順番は、事前の予備的な検討をもとに選ばれました。
できあがった米酒については、アルコール分、糖分、酸度、pHといった基本的な数値を測定したほか、10名の専門家による目隠しでの官能評価(色・外観、香り、味、全体の style を各25点、計100点)を行いました。さらに、多糖・フラボノイド・総フェノール・デンドロビウム・アルカロイドといった有効成分の量を測り、香りのもとになる揮発性成分をガスクロマトグラフィー質量分析で調べ、加えて「メタボロミクス」(試料に含まれる多数の代謝物をまとめて測定し、どの代謝経路が活発かを読み解く手法)によって成分の全体像と関わる代謝経路を解析しました。
報告された主な結果
まず、発酵の進み方そのものが大きく異なりました。同時接種では10日目に発酵が終わったのに対し、順次接種では21日目までかかりました。同時接種の米酒はpHとアルコール分が有意に高く、総糖・還元糖・総酸は有意に低くなりました。著者らは、同時接種ではScが発酵の主導権を握って糖を効率よくアルコールに変えたのに対し、順次接種ではWaが優勢となり、糖の利用率もアルコールをつくる力も相対的に低かったと説明しています。また、順次接種ではWaやその代謝産物が後から加えたScを抑えた可能性がある、と考察されています。
香り成分については、4群あわせて76種類の揮発性成分(アルコール類15、エステル類33、酸類8、アルデヒド類5、ケトン類2、揮発性フェノール類3、その他9)が検出されました。総量・種類ともに多かったのは同時接種の米酒で、なかでもセッコクを加えたDnSWが最も多く、32.49 mg/L、55種類でした。セッコクを加えない同時接種(SW)と比べると、DnSWでは揮発性成分の総量が9.50 mg/L増えています。一方、順次接種ではセッコクを加えると総量は2.56 mg/L減ったものの、種類は9種類増えました。著者らは、この点について順次接種のほうがセッコク米酒の香り成分の多彩さにつながり、より調和のとれた香りになったと述べています。
有効成分の面では、傾向が逆転しました。多糖や総フェノールなどは順次接種の米酒(WS、DnWS)のほうが有意に高く、デンドロビウム・アルカロイドとフラボノイドはDnWSで最も高い値を示しました。とくにアルカロイドについては、DnWSがDnSWを大きく上回ったと報告されています。メタボロミクスでも、検出された代謝物の数はセッコクを加えた区(DnSW 1327、DnWS 1324)が加えない区(SW 1268、WS 1279)より多く、同時接種はフラボノイド系の変換を、順次接種はフェノール類・アルカロイド・リグナン・ステロイド・アミノ酸などの代謝を促す傾向が見られました。関わる代謝経路としては、フェニルアラニン代謝をはじめとするアミノ酸代謝や糖代謝の違いが挙げられています。なお、代謝そのものへの影響は、セッコクの添加よりも接種戦略の違いのほうが大きかったと報告されています。
この研究が示すこと
この研究が描き出したのは、単純な優劣ではなく「トレードオフ」です。2種類の酵母を同時に入れれば発酵は速く進み、アルコールが上がり、香り成分の総量と種類も豊かになります。反対に、非サッカロミセス酵母を先に働かせてから時間差でアルコール発酵の主役を加えると、発酵には倍ほどの日数がかかるものの、セッコク由来の機能性成分がより多く米酒に移り、代謝的にも変換が進みました。
つまり、酵母を「いつ入れるか」という一見ささやかな工程の違いが、香りを取るか成分を取るかという製品の方向性そのものを左右しうる、というのが著者らの報告です。薬用植物を組み込んだ発酵飲料をどう設計するかを考えるうえで、この研究は接種戦略という調整つまみの効き方を具体的な数値とともに示した一例といえます。
著者:Gan H(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Huang G(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Zhang L(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.; Development Center of Green Food Guiyang China.)、Cen L(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Dai Y(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Qiu S(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Wang X(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)、Wei C(School of Liquor and Food Engineering Guizhou University Guiyang China.; Guizhou Key Laboratory of New Quality Processing and Storage of Ecological Specialty Food Guizhou University Guiyang China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Gan H, Huang G, Zhang L, et al. Impact of Inoculation Strategy on <i>Dendrobium nobile</i> Lindl. Rice Wine Quality Through the Use of <i>Saccharomyces cerevisiae</i> FBKL2.8022 and <i>Wickerhamomyces anomalus</i> FBKL2.8023. Food science & nutrition 2026-09-04. DOI: 10.1002/fsn3.72321. 原著ライセンス:CC BY.