この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plants

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

小麦は世界人口のおよそ3分の1にとって主食であり、人類が摂取するカロリーの約20%を占めるとされます。しかし雑草の繁茂は収穫量を25〜30%減らしうる大きな脅威で、その対策として合成除草剤が広く使われてきました。一方で、除草剤の大量・高頻度の使用は生態系や環境への懸念を招いており、防除効果を保ちながら散布量を大きく減らす方法が求められています。

研究チームは、この課題に対してナノ技術を使った製剤に着目しました。注目したのは「ナノサスペンション」と呼ばれる剤型です。これは有効成分そのものをナノサイズの微粒子まで細かく砕いて水中に分散させたもので、担体(薬剤を運ぶための微小なカプセルや骨格材料)を使う方式と違い、担体の合成が不要で、有効成分の含有率をきわめて高くでき、有機溶媒や界面活性剤の使用が少なく、製造工程も簡単で費用を抑えやすいという利点が挙げられています。

対象とした薬剤は2種類です。ピロキサスルホン(Pyr)は超長鎖脂肪酸の生合成を阻害するタイプで、雑草の発芽前から発生初期に効きます。イソプロツロン(Iso)は光合成の電子伝達を妨げるタイプで、雑草が生えた後に効く薬剤です。作用の仕組みが異なるため組み合わせると防除できる雑草の範囲が補い合い、抵抗性の発達リスクを抑えることも期待されますが、論文によれば小麦畑でこの2剤を組み合わせて使った効果はこれまで検討されていませんでした。そこで著者らは、両剤のナノサスペンションを作製し、物理的な安定性を調べ、圃場での除草効果と小麦の収量への影響を評価することを目的としました。

何をどう調べたか

著者らはまず、湿式ビーズミリング(ジルコニアの微小ビーズとともに薬剤を機械的にすりつぶす方法)で、ピロキサスルホンのナノサスペンション(Pyr@NS)とイソプロツロンのナノサスペンション(Iso@NS)を作製しました。粒子どうしがくっついて大きくなるのを防ぐ「分散剤」の選定が鍵となるため、複数の分散剤を比較し、54℃で14日間置く加速貯蔵試験の前後で粒子径やばらつきの指標(PDI)、見た目の分離の有無を調べています。その結果、ピロキサスルホンにはGY1150、イソプロツロンにはMorwet D425が適した分散剤として選ばれました。

選定した処方については、電子顕微鏡で粒子の形を観察し、水で200倍に希釈した後の粒子径と分散状態を5時間にわたって追跡しました。比較対象には、市販の一般的な剤型である懸濁剤(Pyr@SC、Iso@SC)を用いています。

圃場試験は、2025年1月から4月にかけて中国江蘇省鎮江市の小麦畑で行われました。播種からおよそ7週間後、小麦が一斉に出芽した時点で背負式散布機により散布し、1区画48平方メートル・4反復の配置としています。優占していた雑草はスズメノテッポウ(Alopecurus japonicus)、セトガヤ(Alopecurus aequalis)、カズノコグサ(Beckmannia syzigachne)でした。散布30日後に小麦への薬害を目視で確認するとともに、30日後と104日後に雑草の本数を数え、104日後には雑草の生体重も測定しました。収穫後には穂数・1穂あたりの粒数・千粒重から小麦の収量を算出しています。

報告された主な結果

作製されたPyr@NSとIso@NSは、いずれも平均粒子径が250ナノメートル未満でした。54℃で14日間の加速貯蔵を経てもナノサイズを保ち、見た目にも均一な分散状態が維持されたと報告されています。水で希釈した後も5時間の観察を通じて平均粒子径は220〜260ナノメートルの範囲にとどまり、PDIは0.2未満を保ちました。一方、市販の懸濁剤では容器の底で粒子濃度が高まる様子が観測され、分散の不均一さを示す指標(TSI)はナノサスペンションのほうが有意に低い値でした。粒子が小さいほど沈降が遅く、ブラウン運動が重力による沈降を打ち消すためだと著者らは説明しています。

圃場では、散布104日後のスズメノテッポウに対する防除効果がPyr@NS・Iso@NSのほうが市販懸濁剤より高いという結果でした。セトガヤとカズノコグサでは処理間に有意差がなく、これはこの2種がもともと両剤に感受性が高いためと考察されています。全雑草種を合わせた防除率は処理区T1〜T4でそれぞれ91.98%、89.15%、83.02%、76.42%、生体重ベースの抑制効果は96.17%、92.41%、87.34%、81.33%でした。注目されているのは、T3の除草剤総散布量がT2より23.91%少なかったにもかかわらず、防除効果にも生体重抑制効果にも統計的な有意差が認められなかった点です。また、目視による確認では、いずれの処理区でも小麦に明らかな薬害の症状は見られませんでした。

収量については、除草も散布もしていない区(T5)が2092.79 kg/haと他の処理区より有意に低く、雑草の影響の大きさがうかがえます。これに対し各処理区の収量はT1が4011 kg/ha、T2が3785 kg/ha、T3が3601 kg/ha、T4が3334 kg/ha、手取り除草区(T6)が4058 kg/haでした。千粒重はT1が41.55 g、T6が41.68 gで、T3・T4・T5より有意に高い値を示しています。ここでも、散布量の少ないT3とT2のあいだに収量の有意差は認められませんでした。著者らはこれを、ナノサスペンション化によって除草活性が高まり、雑草と小麦の資源競合が効果的に抑えられた結果だと説明しています。

この研究が示すこと

この研究が報告しているのは、担体を使わないナノサスペンションという比較的簡素な作り方でも、除草剤の分散性と貯蔵・希釈時の安定性を高められ、圃場での防除効果に結びつきうるということです。とりわけ、散布量を約4分の1減らしても防除効果と小麦の収量が保たれたという結果は、薬剤の使用量そのものを減らす方向から環境リスクに向き合う道筋を示しています。

著者らは本研究の成果を、小麦畑における効率的かつ経済的な雑草管理に向けた手がかりとして位置づけています。

著者:Xiaolin Wang(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Xiaomeng Guo(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Xuebiao Zhang(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Chao Xu(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Dongsheng Li(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Kebing Yao(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)、Xuejian Cheng(National Engineering Research Center of Pesticide, Nankai University, Tianjin 30071, China)、Kang Miao(Jiangsu Hilly Area Zhenjiang Institute of Agricultural Science, Jiangsu Academy of Agricultural Sciences, Zhenjiang 212400, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xiaolin Wang, Xiaomeng Guo, Xuebiao Zhang, et al. Pyroxasulfone and Isoproturon Nanosuspensions for Sustainable Wheat Production: Efficacy, Safety, and Yield Benefits. Plants 2026-08-26. DOI: 10.3390/plants15172608. 原著ライセンス:CC BY.