著者の所属・活動拠点の国は、セルビア、ロシアです。

掲載誌:Separations

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

研究の目的

エストラゴン(学名Artemisia dracunculus)は、香りの強いハーブとして知られる植物です。論文によると、セルビアの気候や土地によく適応しているものの、大規模な栽培はされておらず、主に家庭菜園で育てられています。ヨーロッパでは、アニスやバジルのような香りが強いタイプと、やや苦みのある香りのタイプが知られ、含まれる香り成分の組成によって特徴が異なるとされています。

植物を水蒸気で蒸留すると、油分である精油と、精油を分離した後に残る水溶液が得られます。この水溶液はハイドロレート(芳香蒸留水)と呼ばれます。研究チームは、エストラゴンの精油とハイドロレートに含まれる揮発性成分(香りのもとになる気化しやすい成分)を明らかにすることを目的としました。あわせて、分析装置の中で各成分がどの位置に現れるかを、分子の構造から計算で予測するモデルの構築にも取り組みました。

何をどのように調べたか

研究チームは、セルビアの研究所が保存している系統のエストラゴンを同国の試験圃場で栽培しました。2019年8月の満開期に収穫し、太陽熱だけを使う乾燥施設で最高40℃程度で乾燥させました。乾燥させた地上部100キログラムを半工業規模の装置で4時間水蒸気蒸留し、精油とハイドロレートを採取しています。精油の収率は0.7%でした。

成分の分析には、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)が使われました。これは混合物を装置の管の中で成分ごとに分け、それぞれの成分を質量の情報から見分ける方法です。成分が管を通り抜けるまでの時間は、基準となる物質と比べて「保持指標」という数値に換算されます。保持指標は、成分の同定を助ける手がかりになります。

さらに研究チームは、分子の形やつながり方、電気的な性質などを数値化した「分子記述子」を各成分について計算しました。その中から遺伝的アルゴリズムという探索手法で7つを選び、人工ニューラルネットワークに入力して保持指標を予測するモデルを作りました。このように構造と保持の関係を数式化する手法は、QSRR(定量的構造-保持相関)と呼ばれます。

主な結果

精油とハイドロレートを合わせて、47種類の揮発性成分が検出されました。精油では26成分が同定され、メチルオイゲノール(51.9%)とサビネン(30.6%)が主成分でした。ハイドロレートでは28成分が検出され、メチルオイゲノール(51.1%)とテルピネン-4-オール(35.3%)が多く含まれていました。これらの割合は、分析で検出された成分全体に占める相対的な量です。メチルオイゲノールはどちらでも半分以上を占めましたが、2番目に多い成分は精油とハイドロレートで異なっていました。

研究チームは、過去に報告されたエストラゴン精油の組成とも比較しました。文献ではメチルチャビコール(エストラゴール)を多く含む試料が多いのに対し、今回の試料はメチルオイゲノールとサビネンが多く、比較的まれな組成のグループに入るとしています。ただし文献の試料は栽培や採取の条件がそろっていません。このため著者らは、この比較は組成の多様さを示すものであり、同じ条件で直接比べたものではないと注意を促しています。

予測モデルについて、著者らは、予測値と実測の保持指標がよく一致したと報告しています。データの分け方を変えて50回繰り返した検証でも、モデルの作成に使わなかった成分に対する当てはまりの指標が高い値を保ちました。7つの分子記述子のうち、電気陰性度(原子が電子を引き寄せる強さ)の分布に関わる記述子は、保持指標と逆向きの関係で最も強く影響していました。分極率に関わる記述子は、正の方向で最も大きく寄与していました。より単純な直線的なモデルで確かめた場合も、これらの記述子は保持指標と統計的に意味のある関連を示しました。

この研究が示すこと

この研究は、エストラゴンの精油だけでなく、これまで情報の少なかったハイドロレートにも、メチルオイゲノールが高い割合で含まれうることを示しました。精油とハイドロレートでは、同じ植物から得られても成分の構成に違いがあることも分かります。

一方で著者らは、モデル作りに使えた成分の数が限られていることを強調しています。このモデルは決定的な予測手段ではなく、分子構造と保持指標の関係を探るための探索的なモデルだと位置づけています。今回のデータと似た種類の成分について、GC-MSによる成分の同定を補助する手がかりになるというのが、研究チームの示した意義です。

原著論文の著者・所属:Milica Aćimović(Institute of Field and Vegetable Crops Novi Sad (IFVCNS), National Institute of the Republic of Serbia, Maksima Gorkog 30, 21000 Novi Sad, Serbia)、Jovana Stanković Jeremić(Institute of Chemistry, Technology and Metallugry (IHTM)—National Institute of the Republic of Serbia, University of Belgrade, Njegoševa 12, 11000 Belgrade, Serbia)、Mirjana Cvetković(Institute of Chemistry, Technology and Metallugry (IHTM)—National Institute of the Republic of Serbia, University of Belgrade, Njegoševa 12, 11000 Belgrade, Serbia)、Biljana Lončar(Faculty of Technology Novi Sad, University of Novi Sad, Bulevar Cara Lazara 1, 21000 Novi Sad, Serbia)、Milada Pezo(Department of Thermal Engineering and Energy, “Vinča” Institute of Nuclear Sciences—National Institute of the Republic of Serbia, University of Belgrade, 11001 Belgrade, Serbia)、Saša Đurović(Institute of Biomedical Systems and Biotechnology, Peter the Great St. Petersburg Polytechnic University, Politekhnicheskaya 29, 194064 Saint-Petersburg, Russia; Institute of General and Physical Chemistry, University of Belgrade, Studentski Trg 12–16, 11000 Belgrade, Serbia)、Lato Pezo(Institute of General and Physical Chemistry, University of Belgrade, Studentski Trg 12–16, 11000 Belgrade, Serbia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Milica Aćimović, Jovana Stanković Jeremić, Mirjana Cvetković, et al. Chemical Characterization and Chemometric Modelling of Artemisia dracunculus L. Essential Oil and Hydrolate, Using QSRR-ANN Model. Separations 2026-10-19. DOI: 10.3390/separations13100303. 原著ライセンス:CC BY.