この研究は、イギリス、ドイツ、デンマークの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Current Heart Failure Reports

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:心不全と筋肉・肥満の重なり

著者らが取り上げたのは「駆出率の保たれた心不全(HFpEF)」です。心臓が血液を送り出す力の指標(左室駆出率)は保たれているのに、心臓が広がって血液をためる働き(拡張機能)が低下するタイプの心不全です。論文では、加齢に伴って筋肉量と筋力が落ちる「サルコペニア」がこの病気の進行に深く関わると述べています。HFpEF患者でのサルコペニアの有病率は15〜22%とされ、診断基準や対象集団によって推定値は変わると紹介されています。

HFpEFでは肥満も重要な要因で、筋肉の減少と脂肪の過剰が同時に起こる「サルコペニア肥満」がよく見られるとされます。著者らは、筋肉の分解を進める全身の炎症やインスリン抵抗性、筋肉への血流や酸素利用の低下などが重なり、運動のしにくさを強めている可能性を説明しています。

理想的な治療は、余分な体重を主に脂肪の減少によって落とし、筋肉量と筋力は保つことだと論文は述べています。この総説(既存研究をまとめて論じる論文)の目的は、運動、栄養、薬、手術という手段の根拠を整理し、今後解明すべき点を明らかにすることです。

運動と栄養の介入で分かっていること

持久運動と筋力トレーニングを組み合わせた運動療法については、複数の試験で身体機能や生活の質の改善が報告されています。これまで最大のランダム化試験では、322人のHFpEF患者が12か月間、週3回の監督付き運動を行いました。最大酸素摂取量(体が取り込める酸素の最大量で、持久力の指標)は通常治療より改善しましたが、群間差は体重1kgあたり毎分1.3mLと控えめでした。13件の試験をまとめた解析では、高強度インターバルトレーニングが最も効果的と位置づけられたものの、それでも改善幅は限られていたと紹介されています。著者らは、運動のしにくさの背景に心臓だけでなく骨格筋そのものの異常があるため、運動だけでは改善に限界があるのではないかと論じています。また、運動の継続率が低いことも課題として挙げています。

栄養面では、高齢者は肥満であってもたんぱく質が不足しがちで、心不全患者ではたんぱく質摂取の少なさが死亡率の高さと関連していたと述べられています。ただし、HFpEF患者でたんぱく質補給が歩行などの機能に与える効果を調べた研究は少なく、ごく小規模な研究では握力や太ももの筋力は高まったものの、歩行距離は改善しませんでした。

高度肥満のHFpEF患者100人を対象とした試験では、20週間のカロリー制限によって最大酸素摂取量が有酸素運動と同程度に改善し、両者を組み合わせると効果が上乗せされたと報告されています。一方で、カロリー制限だけでは十分なたんぱく質を摂っていても除脂肪量が約2kg減り、筋肉の減少という弱点も示されました。

薬と減量手術の効果と注意点

薬物療法では、もともと糖尿病や肥満の治療薬として承認され、その後HFpEFにも使われるようになったSGLT2阻害薬とGLP-1関連薬に焦点が当てられています。SGLT2阻害薬は心不全患者で入院や心血管死を減らすことが示されていますが、体重減少は1〜2kg程度です。GLP-1関連薬(セマグルチドやチルゼパチド)では、肥満のあるHFpEF患者で10〜15kgの減量が見られたと紹介されています。

ただし、6分間に歩ける距離で見た身体機能の改善は、SGLT2阻害薬で約11m、セマグルチドで22m、チルゼパチドで26mでした。いずれも臨床的に意味があるとされる目安(約45m)を下回っており、運動プログラムでは個々の試験で最大50m、複数試験の統合で約30mの改善が示されていると論文は対比しています。著者らは、心臓を守る効果が身体機能の改善に必ずしも結びつかないと指摘しています。また高齢患者では大幅な減量が筋肉の減少や虚弱を招くおそれがあり、慎重な判断が必要だとしています。

減量手術については、体重が大きく(約25%)減ると、筋肉量や筋パワーが10〜17%減るにもかかわらず、歩行速度や持久力、椅子からの立ち上がり能力が改善したという報告が紹介されています。心不全と診断されていない肥満患者では、6分間歩行距離が86mや138m伸びた研究もあります。ただし、HFpEF患者で手術後の身体機能を直接調べたデータは乏しいと著者らは述べています。

組み合わせる治療の必要性

著者らによれば、どの治療についても、単独でのHFpEF患者の身体機能への効果を示すデータは小さいか中程度にとどまります。組み合わせの例として、HFpEF患者がカロリー制限を20週間行った試験では、筋力トレーニングと持久運動を組み合わせた群は、有酸素運動のみを組み合わせた群に比べて、脚の筋力と脚の筋肉の質がより大きく向上しました。一方、最大酸素摂取量や生活の質の指標はどちらの群でも改善し、体重、体脂肪、骨格筋量の変化も両群で同程度でした。また、ごく小規模な研究ですが、筋力トレーニングにたんぱく質補給を加えた群では、たんぱく質補給のみの群や介入なしの群より、歩行距離や歩く速さ、握力などの改善が大きかったと報告されています。一方で、運動と薬・手術による減量を組み合わせた臨床試験のデータはまだないとされています。

論文の結論は、心不全そのものへの薬物治療に、身体機能を高める運動、脂肪が過剰な場合の減量、減量中の筋肉を守るたんぱく質補給を組み合わせる多面的な治療が望ましい、というものです。特に高齢患者では、筋肉を維持する支援なしに減量だけを重視しないよう注意を促しています。筋肉量と筋機能を保つ承認薬がない現在、著者らは運動と栄養が唯一の確かな手段だと位置づけています。

著者:Konstantinos Prokopidis(https://ror.org/04xs57h96 grid.10025.36 0000 0004 1936 8470 Department of Musculoskeletal Ageing and Science, Institute of Life Course and Medical Sciences University of Liverpool Liverpool UK)、Aniket Sunil Joshi(https://ror.org/01hcx6992 grid.7468.d 0000 0001 2248 7639 Department of Geriatrics and Medical Gerontology Charité– Universitätsmedizin Berlin, Corporate Member of Freie Universität Berlin and Humboldt-Universität zu Berlin Hindenburgdamm 30 12203 Berlin Germany)、Soren Gam(https://ror.org/00ey0ed83 grid.7143.1 0000 0004 0512 5013 Department of Endocrinology, Esbjerg Hospital University Hospital of Southern Denmark Esbjerg Denmark)、Kristina Norman(https://ror.org/01hcx6992 grid.7468.d 0000 0001 2248 7639 Department of Geriatrics and Medical Gerontology Charité– Universitätsmedizin Berlin, Corporate Member of Freie Universität Berlin and Humboldt-Universität zu Berlin Hindenburgdamm 30 12203 Berlin Germany)、Ursula Müller-Werdan(https://ror.org/01hcx6992 grid.7468.d 0000 0001 2248 7639 Department of Geriatrics and Medical Gerontology Charité– Universitätsmedizin Berlin, Corporate Member of Freie Universität Berlin and Humboldt-Universität zu Berlin Hindenburgdamm 30 12203 Berlin Germany)、Wolfram Doehner(https://ror.org/001w7jn25 grid.6363.0 0000 0001 2218 4662 Berlin Institute of Health Center for Regenerative Therapies (BCRT) Charité-Universitätsmedizin Berlin Berlin Germany)、Henning Tim Langer(https://ror.org/01hcx6992 grid.7468.d 0000 0001 2248 7639 Department of Geriatrics and Medical Gerontology Charité– Universitätsmedizin Berlin, Corporate Member of Freie Universität Berlin and Humboldt-Universität zu Berlin Hindenburgdamm 30 12203 Berlin Germany)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Konstantinos Prokopidis, Aniket Sunil Joshi, Søren Gam, et al. Exercise, Nutrition and GLP-1 Medicines to Improve Body Weight and Muscle Function in Heart Failure with Preserved Ejection Fraction. Current Heart Failure Reports 2026-10-08. DOI: 10.1007/s11897-026-00780-x. 原著ライセンス:CC BY.