この研究は、ドイツ、アルジェリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Applied Food Research

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

魚をはじめとする水産物は栄養に富む一方で、傷みやすい食品です。冷蔵保存中も微生物の増殖や魚自身がもつ酵素のはたらきによって品質が少しずつ落ち、アンモニアやトリメチルアミンといった「揮発性塩基窒素(TVB-N)」と呼ばれるアルカリ性の物質が発生し、魚肉のpHも上がっていきます。これらを測る従来の検査は信頼できるものの、魚を切り分けて壊す必要があったり、時間がかかったり、実験室の設備や検査者の熟練を要したりします。

著者らは、こうした標準的な検査を置き換えるのではなく補う道具として、包装の中に入れておくだけで色が変わり、スマートフォンで撮影して数値化できる鮮度スクリーニング用のパッチ(小さなシート)をつくることを目的としました。研究チームが取り組んだのは、3種類の天然色素を組み合わせたアルギン酸(海藻由来の多糖)製パッチと、撮影時の明るさのばらつきを補正する読み取り方法を一体で設計し、冷蔵したヘダイ(grey sea bream)の保存実験で評価することです。論文では、機種を問わない普遍的な鮮度の判定基準をつくることが狙いではなく、あくまで試した条件下で半定量的な判断がしやすくなるかを確かめた、と位置づけられています。

何を、どのように調べたか

パッチには、ブルーベリー由来のアントシアニン抽出物、ウコンの色素であるクルクミン、スピルリナ(藻類)由来のフィコシアニンを含む色素という3種類が配合されました。論文によると、アントシアニンは酸性から中性にかけての色の変化を、クルクミンはアルカリ性での色の変化を担い、スピルリナ由来の色素は青緑色の要素を加えます。これらを合わせた混合液はpH5から14の範囲で、黄緑色から青緑色、さらに褐色がかった黄色へと連続的に変化したと報告されています。この混合液をアルギン酸とグリセリンの溶液に加え、乾燥させてパッチに成形しました。

読み取りの工夫として、著者らはパッチと黒・白の基準色を同じ位置関係に固定するホルダーを用意し、スマートフォンで撮影した画像から、黒と白の基準を使ってパッチのRGB値(赤・緑・青の値)を補正する方法を採りました。補正後の値は、色味の方向を表す「色相(Hue)」と、色の鮮やかさの度合いを表す「彩度(RGB由来のHSVクロマ)」という2つの指標に変換されます。撮影は専用の照明箱ではなく通常の室内光の下で行われており、著者らはこの補正が撮影の距離や角度などの条件を固定した場合に成り立つもので、まだ機種によらず使えるものとは見なせない、と明記しています。

評価は二段構えです。まず、パッチを直接pH5〜14の溶液やアンモニア水(0〜0.05%)に浸す試験で、液体に触れたときのアルカリへの反応性を調べました。次に、実際の応用条件として、ヘダイ100gずつを密閉容器に入れて8±1℃で12日間保存し、パッチとホルダーを容器のふた裏に固定して魚に触れないようにしたうえで、包装内の空気(ヘッドスペース)に漂う揮発性成分への反応を観察しました。同時に、魚肉のTVB-N、pH、生菌数(TVC)も測定して比較しています。

主な報告結果

材料としての性質では、3色素を配合したパッチが、引張強さ6.04MPa、水蒸気透過量0.019g cm⁻² d⁻¹、膨潤率13.82%と報告されました。単一色素のパッチに比べて水を吸いにくく水蒸気を通しにくい一方で丈夫だったことから、著者らはアルギン酸のネットワークの結びつきが強まった可能性を挙げています。冷蔵(8±1℃)の暗所では色の変化(ΔE)がおおむね3未満にとどまり、保存前の色が安定していました。ただし25℃では12日目にΔEが約5.07まで大きくなり、常温より冷蔵向きであることが示されています。

魚の保存試験では、12日間でTVB-Nが6.24から48.13mg N 100g⁻¹へ、pHが5.90から7.06へ、生菌数が3.30から5.57 log CFU g⁻¹へと増加し、鮮度が段階的に低下したことが裏づけられました。論文では、EUが一部の水産物区分に定める25〜35mg N 100g⁻¹という目安を参考に、10日目に30mg、12日目に35mgを超えたと述べられています。

色の指標については、彩度(クロマ)が15.06から8.17へと比較的一貫して下がり続けたのに対し、色相は0〜8日目は152°前後で揺れ動き、12日目に121°まで下がるという動きでした。相関を調べると、彩度はTVB-N、pH、生菌数のいずれとも強い負の相関(r=-0.95、-0.94、-0.94)を示し、色相の相関(r=-0.53、-0.34、-0.37)を上回りました。主成分分析でも同じ関係が支持され、彩度が劣化の指標群と反対の方向に位置づけられています。著者らはTVB-Nと彩度の回帰式から、彩度10.28と9.30がそれぞれTVB-N 30と35mg 100g⁻¹に対応するとし、これを今回のデータに固有の「警告域」として提示しています。

なお、液体に直接浸す試験では彩度が上がったのに対し、魚の保存試験では下がるという逆の動きが見られました。論文はこの違いについて、魚の包装ではパッチが魚肉に触れず、湿った空気を介して揮発性のアルカリ成分が吸収され、水分を含んだ素材の中で色素と反応するという、直接接触とは異なる過程が関わるためだと説明しています。つまり保存中の色変化は、魚肉のpHをそのまま映したものではなく、ヘッドスペースを介した反応として解釈すべきだとされています。

この研究が示すこと

この研究が報告しているのは、天然色素を組み合わせたパッチそのものの性能だけでなく、黒白の基準色による補正を挟むことで、目では捉えにくいわずかな色の変化を数値として扱えるようにした点です。特に、色相よりも彩度のほうが冷蔵中の鮮度低下と一貫して結びついたという結果は、どの指標を読み取りに使うかという設計上の選択に関わる知見といえます。

著者らは同時に、得られた色の基準値が今回のスマートフォン・ホルダー・照明条件に固有のものであること、相関はいずれも保存時間とともに変化した量どうしの関係として解釈すべきことを繰り返し断っています。試した条件の範囲内で、魚を壊さずに素早く鮮度の目安を得る手立てが成り立つことを示した研究として受け止められます。

著者:Jincheng Yu(Department of Systems Process Engineering, Leibniz Institute for Agricultural Engineering and Bioeconomy (ATB), Max-Eyth-Allee 100, 14469 Potsdam, Germany)、Imène Chentir(Laboratoire de recherche Alimentation, Transformation, Contrôle et Valorisation des Agroressources, équipe Alimentation, Emballage et Préservation des Aliments (AEPA), Ecole Supérieure des Sciences de l’Aliment et des Industries Agroalimentaires (ESSAIA-Alger), Avenue Ahmed Hamidouche, Beaulieu, Oued Smar, 16200 Algiers, Algeria)、Akshay Sonawane(Department of Systems Process Engineering, Leibniz Institute for Agricultural Engineering and Bioeconomy (ATB), Max-Eyth-Allee 100, 14469 Potsdam, Germany)、Pramod V. Mahajan(Department of Systems Process Engineering, Leibniz Institute for Agricultural Engineering and Bioeconomy (ATB), Max-Eyth-Allee 100, 14469 Potsdam, Germany)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jincheng Yu, Imène Chentir, Akshay Sonawane, et al. A ternary natural-pigment alginate patch with reference-corrected smartphone readout for grey sea bream freshness screening. Applied Food Research 2026-09-06. DOI: 10.1016/j.afres.2026.102587. 原著ライセンス:CC BY.